甘い日の由来
「ねぇ、英二。バレンタインってどうして起こったか知ってる?」 「はにゃ?」 それは、不二の突然の一言から始まった。 いまはもう夕暮れ時。 赤い夕焼けが窓を通じて教室にさしこむ。 二人は一つの机の上を共有してお互いが貰ったチョコレートを広げていた。 そう、今日は・・・バレンタインデー・・・だ。 「いや、しんないけど不二はしってんの?」 「教えて欲しい?」 にこにこ笑う不二を英二は、うにゅー?という顔をしてかしげる。 そして、こくり。と頷いた。 「あのね、その時が戦争中だったときの話。国籍が違ったか、良いところの子供だったか知らないけど、決して結ばれてはならない恋人達がいたの。 でもね、二人はどうしても結婚したくて、その二人の橋渡しをしたのが・・・バレンタイン司教。」 「なんだかロミオ&ジュリエットみたいー―。」 「そうだね。」 そう言って、不二はクスリと笑う。 「違う所は、その後バレンタイン司教が軍人につかまっちゃった所かな?」 「そんで?」 「ん?」 「司教は・・・どうなったの?」 「死んだよ。殺されて、ね。そしてその命日が今日だよ。」 言い終わって、不二は英二に向かってにっこりと微笑んだ。 英二の顔からさー―っと血の気が引いていく。 そんな経過を、不二はまた楽しそうに眺めた。 「ちょい待ち!そんなら俺達はその司教の冥福を祈ってるって事!?」 がたん。と英二は勢いよく席を立った。 「まぁ・・・そう言う事になるね。クリスマスと同じ感じ?」 「いや全然違うって!だってクリスマスはイエス・キリストの誕生日でしょ?命日よりずっと良いじゃん!!」 とてつもなく力説をする英二を、不二は静かに見つめる。 可愛いなぁ。 予想通りの反応を示してきた英二に、思わずそんな感想を心の中で呟いた。 「なんか・・・俺バレンタインデーの印象変わっちゃったかも。」 なんだかチョコもらってはしゃいじゃって自己嫌悪・・・。 とか言ってブツブツ呟いてる英二。 「でもさーー。なんでチョコを渡すのさ?」 「昔はね、女性ってとても非積極的だったんだよ。それでどっかの国の大統領が1年に一回女性から男性にアタックしても良いじゃないかって言ってバレンタインデーという日を作ったのが始まり。」 それで、不二は言葉を終わらせた。 英二はふーーん。と言って机にあごを乗せて上目遣いに不二を見る。 「今じゃそんなの全然信じらんない。」 「現代は女性がどんどん積極的になってきてるからね。」 「時々積極過ぎて怖いこともあるけど。」 「同感。」 そう言って二人はくすくすと笑った。 「あ。」 ややあって、英二が思いついたように言葉をもらした。 「そんで、恋人達はどうなったの?」 「それがね、わかんないんだ。」 「えーーー!?一番肝心なとこじゃん!」 「そうなんだよね。忘れたのか、もとから知らなかったのか覚えてないんだけど。」 「ぶーー。」 そういって、ぷう。と頬を膨らせる英二。 「不二は、どう思うの?」 茶色の瞳が興味ありげにくるり、きらりと動いた。 「そうだね。幸せになれたら良いと思うけどね。」 「けど?」 「実際問題、難しかったんじゃないのかな?」 「もーー。不二はいっつも夢がないんだから。」 「それじゃぁ、英二は?」 「俺?俺はもちろん幸せになった派!!」 派閥問題なわけ・・・これは? とか少し疑問に思う不二。 もちろんそんな事を言えばまたきっと頬を膨らませてしまうから、言葉には出さないけれど。 「だってさ、やっぱり記念日になった日だもん!その主人公となった恋人達は幸せになるにきまってんじゃん!」 「なるほど。それは一理あるね。」 「でしょでしょ?」 「僕が「冥福してるかも?」って言った後なんだけどな。」 「うっ・・・・。」 不二の言葉にうなる英二。本気で悩んでる。 「でもーーやっぱり“セイント”なわけだし。」 今日はいっこうに引き下がる気はないらしい。 「きっと、凄い事が起こったはず・・・だよ。」 その言葉を裏付ける証拠も、確証もないのに、英二はそう言い放った。 その言葉には少し不安げな感情も含まれて入るけれど。 とても英二らしい意見だと不二は、思う。 そして、自分の言った事に一生懸命考え、答えを導き出している英二を見て、いっそう笑みを深めた。 「不二は今月誕生日ないんだよね。」 英二が突然話しを変えることは今に始まった事ではない。 だから不二は素直に応じた。 「そうだよ。」 「うるう年なんだよね?」 「うん。」 「4年に一回しか誕生日が来ないんだよね?」 「そうだけど、それがどうかした?」 何度も同じような事を聞いてくる英二に、不二は聞き返した。 「んーー。だったら、不二には「奇跡」が起こりやすくなるんじゃないかなって。」 「?」 「だって、バレンタインデーは女の子に勇気を出させる日でしょ?俺さ。バレンタインデーほど沢山の人をドキドキさせる日ってない思うんだよね。」 視線を少し落として、英二は言う。 「男だって、女のこだって、ドキドキしてさ。「奇跡」を願うんだよ。」 刹那、英二はガバリと体を起こした。 「だから!バレンタインデーであり、なおかつうるう年で4年に一回しか誕生日が来ないかわいそうな不二には奇跡が起こりやすくなるかも!?って思ったわけ。」 わかった? とでも言うふうに真剣に英二は不二を見た。 「それが言いたかったわけか。」 「違うかなぁ?間違ってるかなぁ?」 「そう言う事はないと思うよ。人それぞれの意見じゃないのかな?」 「じゃぁさ・・・。不二は叶えて欲しい奇跡ってある?」 少し不安げに、でも興味ありげに英二は恐る恐る不二に尋ねた。 「あるよ。」 即答した不二を見て、英二は思わず身体を乗り出す。 「えっ!何々?」 「知りたいの?」 「知りたい!!!」 わくわく。とその瞳は語っている。 本当に、英二は分かりやすい。 「好きな人が、いるんだよね・・・・もっとも、絶対叶わない恋なんだけど。」 一瞬、時が止まった。 ほお杖をついて唇を手のひらで隠して、視線は横に向けて、不二はそう言った。 「そ・・なんだ。」 あっけにとられたように英二は呟く。 その横顔にはわずかだけれども影がよぎる。 それには不二は気付かない。 「そうかそうか!じゃ、アタックしてみなよ!」 それを振り払うかのように、英二は言った。 「今日はバレンタインデーなのに?」 「そんなの関係ないって!どっかの国は男がアプローチする日なんだよ!?」 「でも日本だし・・・ここ。」 「んなの気にしない!」 「してみなよ・・・待ってるかもしんないじゃん。その子もさ。」 最後に言った言葉は、少し曇り気だ。 なぜ、そんな風の表情をするのか、不二は理解できない。 けれど、なぜ? とも尋ねられない。 不二がそんな事を思って、黙って英二を見てると。 英二はがさごそと自分のかばんをあさり始めた。 そして・・・ 「ほい。」 不二に手渡された「ソレ」は・・・・・チョコレート。 「?」 「それは、お守りね。不二にあげるよ。」 不二の表情が、止まった。 ただただ英二を見つめる不二がそこに、いる。 「いっとくけど、貰ったもんでも買ったもんでもないからね!」 「てづくり・・・?」 「ま・・・・ぁ・・・・誕生日も含めてね。お歳暮だと思ってよ!」 顔を夕日色に染めて、英二は言った。 照れて赤くなっているのか、それとも夕日が赤いのか。 「うそみたい。本当に「奇跡」って起こるんだ」 唇に人差し指の第二間接を当てて、不二は呟いた。 「はい?」 おもわず、英二は聞き返す。 「いや凄いね。英二の言う事もたまには当たるよね。」 「たまには・・・って。一言多いんだってば。・・・・じゃなくて、今なんと?」 「奇跡が起こったって。」 「?不二今好きな子がいるって言ったのになんで今奇跡がおこんの?」 「分からないの?目の前にいるじゃない僕の好きな子。」 そういって、不二は日とさひゆびを唇から放すと英二に、向けた。 時間が、止まる。 「うええええ!?」 なんとも言えない言葉を出す英二。 その顔は冗談無しできっと赤くなってるだろう。 「英二、本命チョコ?これ。」 「ええ!?」 「違うのか、残念。」 「ちょ、ちょっとたんま!」 すとっぷ。と不二を制して英二は自分を落ちつける。 そして恐る恐る不二を、みた。 「不二・・・俺のこと好きなの?」 「うん。」 「俺、男なんですけど。」 「だから叶わないって最初に言ったじゃない。」 「そか・・・。」 しばしの沈黙が二人の間に流れる。 「それさ・・・本当は本命チョコだって言うオチ・・あり?」 英二が、空気を破る。 「もちろんvvv」 にっこり。と、不二は笑った。 「ぁ・・・そうだ、英二。」 「なに?」 「今日はチョコくれたけどさ。僕の誕生日も祝ってくれるんでしょ?」 「にゃ?」 「だってさっき誕生日と一緒って言ったじゃない。僕やだな。」 「なに、なんか欲しいもんでもあんの?」 「違うけど。せっかくなら一緒に居たくない?」 恥ずかしげもなくそういう事を言うから、英二はまた顔を赤く染めた。 「・・・・・んじゃ、ケーキ買お。んでもって一緒に食べよ?」 「ヤダ、英二が作ってよ。」 「はい??」 「だって英二料理特でしょ?」 「う・・・・ん・・・・ま、良いけど。」 なんだか流されぎみな英二。 「ついでに言うと、英二自身も食べたいんだけどね。」 「・・っ!!な・・・にゃにいってんのさ!」 「いや、僕は本気だよ。自分のものになった以上、はやくつば付けとかないと。」 「俺は食べ物じゃにゃい!」 「生もの・・でしょ?」 「そうだけどちがうぅぅぅぅぅ!!」 「ま・・・どっちみち時間の問題だよね。」 悠然と笑う不二。 いささか半泣きで抗議する英二。 二人の甘い日はまだ続きそうな予感がする。 |