青学レギュラー3年、
今や氷帝3年の部長と対を張るぐらいの実力者。

別に感情的になるわけでもなく、冷めた双眸はまっすぐといつも前を見つめる。



けれど



そんな彼女にも「彼氏」というものが存在したりする。







― 表情に出ない感情 ―










「(・・・・・・・あ、跡部君じゃん。)」

屋根のついた休憩場所の階段に腰をかけて私は跡部君を見つけた。
彼は私の視線の少し先にいて、柱に身体を預けるようにして立っていた。
両手はポケットの中に入れて、視線を少し上げているその様は本当に良い男だ。







・・・・・・・・・・・・ふーん、跡部君もこの試合に見に来てたんだ。


青学男子テニス部。手塚国光。
彼は氷帝跡部景吾の唯一認めた男。

以前その事について話をした時、「あいつと試合をする日が楽しみだぜ。」ソウ、口元を歪ませて嗤った。全てを見透かすその瞳が強く瞬いていた事をよく覚えている。

私は頬杖をつきながら跡部君を見ていた。
跡部君は本当にかっこよくて、何故に私の彼氏なのか疑問に思ってしまうほど。
そりゃまぁ、私だってテニスは下手ではないかと思うが違う学校だし。




「(縁って色んな所にあるものよねー。)」

どっかのオレンジ頭の言葉を借りれば「ラッキー☆」って事なのだろう。































いっつも不機嫌そうな跡部君。
だけれど凄く綺麗で、そしてテニスが上手。
口も性格も悪いけれど、本当は優しい。
そして、やはり私の目の前にいる跡部君は不機嫌そうだった。


「(・・・・・・・お。)」

どこかのテニス部員だろうか、可愛くてレベルの高い女の子達二人が跡部君に話しかけた。


「あの、氷帝の跡部景吾さんですよね?」

「私達ファンなんです。もしよければ写真撮ってくださいませんか?」

「・・・・・・・・・ああ、良いですよ。」

話しかけられた時は少し意識をそちらに向けただけで不機嫌そうな顔をしていたくせに、受け答えする時には随分と丁寧に答えるものだ。
それが少し興味を引いた。

女の子には、ジェントルマンである。

そんな言葉が頭の中にまわる。
敬語なんて使っちゃってさ。可愛い子がそんなに好き?

しかも、私が視線を釘付けにされたのはそれだけじゃない。



































ふわりとした優しい笑顔。










































私にはそんな表情一度もしてくれないくせに。







































「(・・・・・・あれ・・・・・・。)」

胸の奥にちくりとした感触がして我にかえる。
返った後に自分が少々癇に障っていることに気がついた(遅い)
自分の事になるとにぶちんだと良く言われるが本当にそうかもしれないと思ってしまう。


それ以上それを見たくなくて視線を外す。
それは
自分を隠してしまう行為だと言う事に私は気付かない。



気付かない。

否、

気付かない振りをしているという表現が正しい。


跡部景吾という人間と付き合うようになって少しずつ変わってゆく私という人間。
その"変化"に、微量ながら恐れているのかもしれないと思って苦笑した。


























「・・・・・・・・あの、もしよければ写真撮ってもらっても良いですか?」

は、と声をかけられて視線を上げた。
そこにはあの可愛い女の子のうちの一人が私にカメラを差し出して立っていた。
近くで見ると本当に可愛い子。女の子という感じのとても可愛い子。
さらさらのセミロングの髪の毛に、どこかの女子高と思わせる制服。
私にはないものを彼女が持っている事は一目瞭然であった。

「良いですよ。」

淡く微笑むと立ちあがってカメラを受け取る。
その時彼女の頬が紅潮したのは気のせいだろうか。

顔を上げると、そこには跡部君と女の子のもう一人の片割れ。
彼は私と視線があっても表情を変えたりしない。
別に今更だけどね。何を話すってわけでもないし。

そういえば


跡部君と会うのは何週間ぶりだろう(鈍すぎる)

彼女達は私達が付き合ってるのを知らない、むしろ私達が知り合いだという事に気付かないような態度で私達は見詰め合う。
見詰め合っても、別に表情は変わらない。心も静かだ。

「それじゃ、撮りますよ―――。」

「「お願いしまーすvv」」







嗚呼




































レンズ越しだったら私にそんな風に笑いかけるのね。




































「ありがとうございました!」

「いいえ、どういたしまして。」

微笑んで、「はい。」とカメラを渡した。
そしたらまた片割れの彼女の方が頬を染める。
・・・・・・・・・な、何・・・。なんかしたかな。

そして二人でしばし顔を見合わせると同時に私の方を見た。
その目の輝きといったら。
私は思わず引いてしまうほどきらきらと期待をもった目で私を見ていた。


「・・・・・・・・青学のさんですか?」

「?・・・・・・・そうですけど。」

「やっぱり!!ていうか絶対そうだと最初から分かってたんですけど!!!」

「もうやだ!!どうしてさんに頼んだりするのよ!!」

「だって周りに人いなかったし!!!しかもちょっとチャンスかな・・・って!!」

「もう馬鹿!!失礼じゃない!!!」

「(な、なんなんだ・・・)」

私にはもってないパワフルキャピキャピ空気に包まれて私はひるんだ。
どうしたんだ、私がなにかしたか?

「ごめんなさい、忙しかったですよね。」

「え、別に良いよ。私今日は試合ないし。」

「今日は応援ですか!?」

「(どうしてそんなきらきらした目で見るの、汗)・・・・・・・・うん。」

「私達、さんの事ずっと見てて!!テニス部なんですけどいつかさんみたいになりたくて!!」

「(いや、私みたいになったら絶対駄目だろう)止めたほうがいいと思うけど(ぼそ)」

「え?」

「ううん、なんでもない。頑張ってね。」

そこでまた微笑んだ。
よく分からないけれど、彼女達は私に好意を持ってくれる事が分かったし、第一他校の生徒に悪い意味でなく顔と名前を覚えられているのは私でも嬉しい。
だから素直な気持ちで微笑んだ。
私のようになりたいと言った彼女等に幸運が訪れる事を願って。
いずれレギュラーの座につくことを願って微笑んだ。

そしたら二人は一斉にして顔を赤くしたもんだから、私が息を詰まらせる。

どうして女の私に頬を染める?(よくわからん)

「じゃ、じゃぁ本当にありがとうございました!(きゃー)」

「跡部さんにさん、ありがとうございました!!」

ぺこりと頭を下げて彼女達は去って行った。
私はそれを手を軽く振って見送る。
跡部君も少し微笑んで彼女達を見送った。



キャピキャピ空気がなくなって静かになる。
ざぁ・・・と、風が吹いて緑の葉が音を鳴らした。
その空間が静かなだけによく響く。
私の髪の毛と色素の薄い茶色の髪の毛が緩く踊る。


「・・・・・・・・・・・・・・・若いなぁ(ぼそ)」

「どこのババアだよ、てめぇは。」

ぼそりと言った私の一言に容赦なく毒舌を浴びせた。
跡部君は私に視線を私に戻すことなく前を見ている。

「なんだ、私のこと忘れてなかったんじゃないか。」

「は?」

「忘れてるのかと。」

だって跡部君はまるで私を知らない人のように扱った。
素直にそう答えると、跡部君は額に皺を寄せる(何故だ、恐いぞ)

「てめーもそうだろ。」

そうか?そうなのか?
私はちゃんと跡部君に気付いてた。気付いていたけれど彼女達に説明するのも面倒くさいし、跡部君も何も言わないから何も言わずにシャッターを押した。ただそれだけの事だ。

「そんなに俺と知り合ってるのがバレたら嫌かよ。」

「や、誰もそんな事言って無いし(どんな被害妄想ですか)」

やっぱり跡部君は不機嫌そうだ。
イヤ、さっきの見て思ったけど私の前だけ不機嫌なのか?









だったら私達が付き合ってる意味があるのか?
































「跡部君ってモテるのねー。」

心のわだかまりにまた気付かない振りをして私は言った。
別に今に始まった事じゃないけど今日確信した。

「お前もな。」

「私?」

いや、跡部君だろう。
そんな事を思ったから疑問符を浮かべて首をかしげる。
跡部君のレンズには私はどううつっているのだろう。

「随分女にモテるじゃねーか。」

「そんな事ないよ。跡部君の方がモテるでしょ。」

「男にもな。」

「・・・・・・・・・・。」

視線を前に向けて跡部君は言う。
なんなんだ。何が言いたいんだ。遠まわしに言っても馬鹿な私には伝わらないぞ・・・

「なんか・・・遠まわしになにか言いたい感じ?」

「はぁ?」

思いっきり不機嫌そうに私に視線を合わした。
なんだよ、恐いぞ。てゆかどうして私の前だとそんなに不機嫌なんだよ、汗。

「跡部君って不機嫌だよねー、いつも。」

「喧嘩売ってんのか、てめぇは。」

「や、100%負けるから売りません。ただ私といて不機嫌になるなら一緒にいる意味があるのかと、そう思っただけデス。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

少し返答が恐かったから視線を外す。
跡部君は訝りげに私を見た。視線が痛い(うぅ)

「別に不機嫌になってねーだろうが。」

「なってマス。ええ、はい。」

「なんで敬語だ(イラ)」

「なんとなく、蛇に睨まれた蛙の気持ち・・・。」

「はっ、俺は大蛇じゃなくてライオンだろ?」

「(またそういう事を言う・・・なんでも良いじゃん)」

高飛車の帝王様はそういう事も気にするのね。
分かったよ、あんたは王様だよ、王者だよ、ライオンだよ。
だからこそ







何故にライオン様は私なんかを選ぶんだ?



「・・・・・・・・・・・・・・・こんな風に話したのも久しぶり。」

「そうだな。」

「あー、なんか心配。跡部君モテるからなー。」

言ったら、跡部君が少し目を見開いた。
驚いたようなしぐさを見せるから、私も目を見張る。

「な、何(ちょっとびっくり)」

「いや・・・。お前からそんな言葉が出るなんてな。」

「?」

視線を横に外して俯く。
その仕草が妙に照れてるように見えるのは気のせいですか?
表情は相変わらず不機嫌に見えて、なのに少し照れてるようだ。

































ああ、そうか。



































「なんだよ。」

「イエ、別に。」

「なに笑ってんだ。」

「笑ってないよ。」

「笑ってるだろうが、微妙に。」

「・・・・・・・・・・ふふ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」


































この人の不機嫌は照れ隠しなのか。





































「跡部君でもあんな風に笑うんだなって思って。」

私は気がついたけれど思った事は言わずに別のことを言った。
笑ったのはそれだけじゃないけれど、これも本当の事だ。思ったことだ。

跡部君が何故かまだ私のことを思惑げに見ていて、その視線を読めなくて困ったけれどとりあえずスルーした。だって分からないもの。
帝王の考えている事なんて凡人の私には分からない。

「さっきの女の事か?」

「そう、モテる跡部君の事だもの。私としては心配だよ。」

「それ、本気で言ってるのか?」

「勿論。」

「お前は表情に出さないから本当にそう思ってるのか読み取れねー。」

「・・・・・・・・・。」

言われて初めて気がつく。
そうか、跡部君から見たらそうなのか。
確かに私は思ったことをそのまま表情に出すほど素直でもないし器用でもない。
跡部君がそうだと思っていながら私は自分の事にまた気がつかなかった。

さら・・
と、不意に頬に人の手の感触を感じて意識を戻す。
見上げれば、随分と距離が縮まった跡部君の姿があった。
指先は私の横髪を絡ませて、手の平は頬をなぞる。
視線は、どこかまだ思惑げに。

何を考えてるの?


「?・・・・・・跡部君・・・・・?」

「いや、なんでもねぇ。」

言うと手を離した。
その行為にどんな意味があるというのか。
どんな感情が含まれているというのか。

「(本当に久しぶりだから触れたいなんぞ言えねーだろうが、このニブ)」

「(よく分からないなぁ)これから試合?」

「あ?・・・・・・まぁな。」

「そう、頑張ってね。」

「本当にそう思ってんのかよ。」

「勿論。青学じゃないし。」

「(青学だったら応援しねーのか?)そのわりには随分棒読みだな。」

「(またやっちゃったか・・・)えーと、ちゃんとそう思ってるんだけどね。」

「知ってる。」

目を見開く。
見開いたのは、目だけではない。
心もまるで意識がはっきりしたように目覚めた。

跡部君があっさりと私に言うものだから、鼓動がはねた。
私のことを理解しているように、さも当然かのように答えたから


































私は、嬉しかったのかもしれない。

































どこか上機嫌になりながら私は少しだけ口元を緩ませる。
跡部君がちゃんと私のことを見ていてくれてるのが分かったから、少し嬉しい。

「そう、それじゃ周りの女の子の歓声に心奪われないように。」

「いや、それはお前だろう。」

「え?」

「(俺はお前の方が心配だ・・・)」



                     ていうかな、どうして気付かないんだ?男だけならまだしも、どうして
                     コイツは女にも言い寄られてるんだよ。そりゃテニスが上手くて冷た
                     そうに見えても実は優しいとなりゃ、女も寄って来るだろうが・・・しか
                     し、ニブ過ぎる.本当に大丈夫なのかよ(イライラ)



難しい顔をして、睨むような跡部君を私は見た。
何を考えているのか。てゆかどういう意味なのかちょっと不可解。
やはり跡部君は不可解。


だけど




























凄い好き。


















どうして私と付き合ってるのか分からない。
いつも不機嫌そうなんでしょ。
イライラするんでしょ。














                              照れ隠しだなんていえやしないし。それに、ちゃんと好
                              きだなんて言えるわけがない、言っても通じるかどうか
                              さえ分からない。


「(第一、この俺様が心配してるだなんて事言えるかよ)」

「(跡部君は、本当に私で良いのかなぁ・・・)」










思惑しつつ、意識を飛ばした。
そうしたらそれに私より早く意識をもどした跡部君が気がついて私の頭にくしゃりと手を置いた。

「オイ、まさか別の男のこと考えてる訳じゃねーだろうな。」

「・・・・・・・・・・どうしてそうなるの、違うし。」

「お前は俺だけに酔ってればそれで良いんだよ。」

「"俺様に酔いな"」

彼の言葉を借りて私の声で台詞を言う。
表情は出ない。微笑みも出ない。
不器用な私は、それまた不器用な彼にそう告げた。
分かってるよ。
そんな忠告しなくとも、私はいつも貴方だけを追ってる。


まぁ、それがちゃんと通じているかどうかは別だろうけど。



「・・・・・・・・お前でも、表情を出すときがあるんだな。」

不意に、跡部君が言った。彼はいつも突然だ。

「・・・・・・・・そりゃ、人間ですから。」

「青学の奴らには、いや、俺以外には・・・。」

「?」

「なんでもねぇ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」


また跡部君は途中で切らすから分からないんだよ。
私馬鹿だから、ていうか人が言うけどニブチンだから分からないよ。

分かりそうなのに分からないよ。





跡部君の綺麗な瞳を伏せた睫毛が半分だけ隠す。
本当に綺麗な人。
神様はこんな綺麗な人を創って、さぞ満足だろう。

そして

この綺麗な人が私のものになったなんて知ったらどう思うだろう。


色っぽい唇。
その唇が少し開く。
音の無い、声。














刹那、ざぁ・・・、と木々がざわめいたものだからただでさえ小さい跡部君の声はかきけされた。
当然私の耳に届く事は無い。
だけど、本能的に聞かないといけない言葉のように聞こえた。
だから、問う。





「・・・・・・・・・・・・?なんて言った?」

「大した事じゃない、気にするな。」

「(いや、気になるだろ)」

跡部君はそんな私の表情を読み取ったのか、一瞬だけ瞳を私に向けると「じゃぁな。」そう言って背を向けた。私に向けられた茶の瞳が凄く澄んでて綺麗だった。

背を向けた跡部君を目で追いながら、否、目を離せずに見ている。
イトシイ人。
心の中でそう唱えた。

そしたら




嗚呼神様。








跡部君が振り向いたのは奇跡のように思えたよ。





「今日、連絡するから電話側に置いとけよ。」

「・・・・・っ・・・・・・・・。」

そんな事いわれるなんて思わなかった。
振り向いた跡部君はさも当然のことのように言うから。
思わず大きく目を開いて言葉を詰まらせる。

「聞いてんのか?(あーん?)」

「りょ、了解。」

不機嫌げに顔をしかめてた跡部君は「フン」と鼻をならしてまた前を向く。
そうして今度は振り向かずに歩いて行った。


だけど私の鼓動は早いままで。
何故だろう、久しぶりに会ったからだろうか、どきどきする。













だけど






あの聞こえなかった声は一体何を伝えたかったんだろう。











あの綺麗な人のことを思い出す。
思いを馳せて、目を伏せた。


































木々が揺れる。
木漏れ日のなかで光が筋のように照らす。
緑陽の中にたたずむ彼女に、葉は伝える。
伝わらない音の無い言葉。
彼女には届かないけれども。






































「俺にはあんな風に笑わないくせに。」



































それは、プライドの高い帝王が呟いた愛の囁き。



































―――――――

終了。よく分からない。
跡部の考えている事が分からないくせに彼女の考えている事も分からなくてどちらもわからなくった。
・・・・・・・ああ、もう。

return