跡部君がおーけーしてくれるなら、俺、君の猫になっても良いよ
― 飼いならし猫 ―
氷帝学園テニス部部室。
いかにもお金使ってますと言った風な部室の中には美形の男が一人。
色素の薄い髪の毛に、ゆるやかな長い睫毛。
吸いこまれそうな蒼い瞳に、印象的な泣き黒子。
その彼の死角たる所から、じぃと見つめる人物が一人。
橙色の髪の毛に、幼さの残る顔立ち。
くりりとした大きな瞳に、目を引く真白な制服。
「・・・・・・・はー、お美しい。」
溜息を漏らさずにはいられない一言。
それもそのはず、彼の目先には帝王が椅子に座って足を組んでいた。
氷帝学園テニス部のレギュラージャージを着たまま、目元には眼鏡をかけて。
美しい顔立ちに眼鏡は最高のアイテム。
知的にも見えるその横顔は美麗というしかないほどだ。
うっとりと盗み見るその「猫」の背後に忍び寄る、足。
その言葉の通り黒髪ロン毛の長身の男がむんずと千石の首根っこを掴んだ。
「何やってんねん、自分(溜息)」
「に゛ゃー!!!(驚)」
びくりと身体を震わせて毛を逆立たせた。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには忍足の姿が。
彼はなんだか仕方のない子を見るような瞳で千石を見遣る。
「お、忍足何すんだよ!」
「それはこっちの台詞、や。何やっとんの。」
はぁ、と、聞かずとも分かるとないいたげな表情をした。
屈強なガラスの前で声は届かない。
これも部長業務を部室で行う事が多い跡部部長を気遣ってのこととの配慮だ。
「ばっ、しー!!!跡部君に気付かれるでショ!!!」
「何を今更。いっつも人の目盗んで会うてるくせに。」
「う゛っ、それを言われると痛い・・・。」
「でも今日は見逃せへんで。さっ、帰った帰った。」
しっ、しっ、とまるで野良猫を追い出すように忍足は手をひらひらとさせた。
長い睫毛が黒い瞳を半分隠す。
「酷っ!俺と跡部君の仲を引き裂こうだなんて!!!鬼!悪魔!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ひやりとした空気が忍足を包む。
半泣きになりながら罵声を浴びせる千石を見て、すうと瞳を一瞬細めた後にっこり笑った。
そうして、一気に千石との距離を縮めると、だぁん!!!と、右手拳を思いっきり壁に叩きつけた。
叩きつけられた位置は千石の顔の真横。
思わず顔が引きつる千石。
「・・・・・・・・・・・・っっ・・・(ひぃ!!!)」
「キヨちゃぁ〜ん?なんなら今ここで犯したっても良いんやで?」
「え、遠慮します!俺受身じゃないんで!!!!」
たらたらと汗を流しながら千石は自分の胸元で降参のポーズをとった。
両手の平を忍足に向ける。
それを見て、忍足は薄くあけた瞳をにっこりと微笑みにかえて「そ、ならええ。」と、言った。
「(恐っ!マジ恐だょ、この人!!!汗)」
さー、と血の気が引くのを感じつつちらりと窓に目をやった。
その瞳の色が変わる。
ゆるやかに、変わってゆく。
その微妙な変化に忍足は気がついた。
「なんや、喧嘩でもしたん?」
「忍足君するどいねぇ。」
苦笑したようにくしゃりと千石は忍足に笑いかけた。
「俺もねー、なんで跡部君が怒ったのか分からないんだよ。」
「喧嘩の原因?」
「うん。」
だってこの頃はちゃんと清く正しく美しくなのにー。
とか、呟いていたのは聞かなかった事にしよう。
まぁ、オトコノやし。ちょっとぐらい他の女の子つまみ食いするのは当然やし。
そんな事を頭のなかで忍足は浮かべた。
千石は白い壁に寄りかかって、ゆらりと瞳を窓に這わせた。
同化するような真白な制服と肌。
薄桃色の唇。
一見見ればこちらの方がよっぽど「彼女」っぽい。
だが、正真証明「彼氏」なのだ。
熱っぽい瞳で跡部一人を見つめている。
その瞳は、もはや既に捕らわれたようで。
「跡部君ね、もう来るなって。」
「(苦笑)せやから律儀に守っとんの?」
「違うんだ。なんかこの前のはマジでさー。」
ホント、わけわからないよ。
と、小さく呟く。
しゅーんとへこんだその耳はすでに垂れ下がっていて。
尻尾なんてだらりと地についてしまっている(忍足にはそう見える)
「来るな、いうたん?」
「うん。俺にはそれしか方法ないのに。」
瞳は、ただ一人へと向けられる。
水晶のような瞳は跡部しかうつしていなくて。
その他の景色は消してしまっているようだった。
「メールも電話もあんまりない。そんな俺達を繋ぐには俺が赴くしか方法がなかったのに。その最後の希望さえ跡部君は奪おうとする。」
「キヨ・・・。」
「俺、跡部君が好きだよ。大好き。でも、跡部君がどうかは分からない。」
嫌いになっちゃったのかなぁ・・・・そう、呟いているように見えた。
苦しくて、切なくて。
それでも、誰かを愛せずにはいられない。
そんな千石の姿を見て、やるせない気持ちになる。
けれど、どんな言葉をかけてあげれば良いのか分からない。
「!」
瞬間、ばっ、と千石は身を伏せた。
「キヨ・・・?どうしたん。」
「しー!!!」
口元で人差し指を立てて忍足の言葉を制した。
心なしか青ざめているようにも見える。
「(跡部君がこっち見た!!!)」
「(まさか・・・死角やで?)」
「(見たんだってば!!!)」
「んな阿呆な。」
「(しっ!!!)」
「(心配せんでも聞こえへんで)」
「(跡部君には聞こえるの!!!)」
なに意味訳分からない事言うてんの。
そんな事をふと思った。
と、刹那千石はすっくと立ちあがる。
見据える瞳は、先ほどと色が違う。
幼くて、可愛くて、よっぽど「彼女」に見える。
否、今は「彼氏」に見える。
「そろそろ限界だな。」
「帰るんか?」
「うん。」
にっこりと、それはまるで鈴蘭のよう。
白くて、でも負けない花のよう。
りんとなる鈴のようだ。
じゃぁね。
そう言って千石は背を向ける。
「千石。」
名を呼ばれた途端、千石の身体が硬直したのが分かった。
あらかさまにびくりと身体を震わせて固まる。
鼓膜に響くようなはっきりとしたソプラノテノール。
忍足が振り向くと椅子に腰掛けた跡部がまっすぐこちらを見ていた。
眼鏡の奥に潜む淡いブルーの瞳。
その二つの水晶玉がまっすぐ忍足を通り越してその先を見つめていた。
瞳は厳しく冷めている。
ぎ・・ぎ・・ぎ・・・・・と、まるでロボットのように千石は振り向いた。
カチンコチンに固まった表情が跡部の瞳とぶつかってさらに固まった。
まるでメディウサに魅入られたようだ。
「あ、あとべく・・・。」
届くはずの声。
だのに二人の間では通じ合っているようで。
「何逃げようとしてんだテメェ。」
「あの、これは・・・。」
「いいから来い。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「良かったやん、お許しが出たで。」
「忍足は跡部君の恐ろしさが分からないからそんな事言えるんだ。」
「何いうてんの、そんなん身をもって毎日実感してるわ。」
「それ以上に恐ろしいんだって。嗚呼嗚呼・・・絶対殺される。」
頭を抱えてその場にへたりこむ。
やれやれ、と、忍足は溜息をつかざるえない。
「千石!」
「は、はいぃ!!!」
名前を呼ばれて速攻で立ちあがった。
ぴしり!と、まるで軍隊の傭兵のように。
「俺に二度も言わせる気か?」
「と、とんでもないっ!!!」
ああん?と、更に額のしわを寄せた跡部を見て走って部室に入った。
忍足もそれに続く。
がちゃりと開けた部室のなかはひんやりとした空気に満ちていた。
あまりに冷たいものだから逆に恐い。
「(あ、あわわわ・・・)」
ガタガタと震えまくる千石を見て、跡部はゆっくりと瞳を閉じると眼鏡を取った。
整った顔があらわになる。
ふわりと柔らかい髪の毛が揺れた。
ゆるく開けられた瞳はまっすぐと千石を捕らえて。
そうして、溜息。
「千石(溜息)俺は来いっていったか?」
「言ってません・・・。」
「そういう時はどうしろって言った?」
「許可なく来るな。」
「そうだ。なんで来た。」
声音は冷たい。
仕方ないと溜息交じりにしても、冷たすぎるその言葉。
「跡部、キヨは・・・。」
「五月蝿い、お前は黙ってろ。」
ぎろりとい更に各段下がった瞳が忍足を射た。
ぎしりと奥歯を噛み締める音が響く。
「それと、気安くコイツを呼んでんじゃねェ。」
怒りと、やつあたりと、そうして少しばかり嫉妬の交じったその瞳。
思わず口を噤む。
「出ていけ。消えろ。」
「跡部君・・・・。」
おどおどとした言い方にも、跡部は動じない。
目も合わせようとしない。
忍足は溜息を一息つくときすびを返した。
名前を呼ぼうとしたその時、目で制された。
大丈夫や。
そう、言っているように思えて。
あえて制したのはこれ以上跡部を刺激させないようにする為だとすぐに気付く。
ソレほど、彼は愛されているのだと思った。
太陽の色に似た髪の毛が揺れた。
髪の毛で表情の見えない瞳は険しく光った。
「それじゃぁ、どうしろって言うの?」
自嘲したその物言いに、跡部は千石へと視線を戻す。
そうして、はっと息を飲んだ。
「跡部君は、いっつも正しいよ。」
一つ前の言葉と裏腹な言葉。
そしてその表情。
千石は、痛々しく笑ったのだ。
それを見て、跡部の表情が歪む。
そうして思いっきり手元にあったペンケースを投げつけた。
「っ!!!うわ!!??」
「言いたい事はそれだけかよ!!!!」
激情に身を任せて跡部は吠える。
それを見て、千石の表情が揺らぐ。
「じゃぁ何!?跡部くんはどうして欲しかったの!?メールもしない、電話もしない、この方法さえ絶たれたら、俺はどうしろっていうの!!??別れろとでも言って欲しいわけっ?」
「うるせェ!!!飼い猫が主人に逆らってんじゃねーよ!!!!」
刹那、両手首を掴まれて顔の高さに上げられた。
縮まる、距離。
浅い呼吸。
獣を狩るような鋭い太陽の瞳。
「・・・・・・・・・っ・・・・・離せっ・・・!!!」
「振りほどけば?」
「――――――――っ・・・・。」
いつもは穏やかなその表情が一瞬にして闇に包まれて、唇を塞いだ。
小刻みに手首が震えるが微動だにしない。
動けずに、跡部は大きく目を見開いた。
ビー玉のような瞳が二つ在る。
薄く開けられた瞳は閉じられる事無く跡部を見ていた。
「・・・・・んぅ・・・・・んっ・・・・!!」
顔をしかめて瞳を潜めて。
それでもなお、おしよせてくる快感がある。
身体の力が抜けそうなその手前で、千石は跡部を解放した。
「・・・・・・・・・・・・・・・は・・・・。」
口元を離して。
千石の瞳が柔らいだ。
そうして、優しく微笑んで跡部の頬に口付けた。
「メンゴ。びっくりした?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っの野郎・・・。」
「だぁって跡部くんただあんまり冷たいんだもん。ロミオはそんなに待っていられませーん。」
座りこんで膝を折る。
そうして自分の腕は跡部の膝へとのせた。
見上られた瞳は熱っぽく跡部を見つめる。
「ねぇ?ジュリエット。」
「・・・・・・・・・。」
不敵にも似たその表情は、全てを見透かしているようで。
だからこそ跡部の頬が赤くなる。
「跡部君、どうして怒ってるの?せめて来ちゃいけない理由を説明してよ。」
千石は可愛く首を傾げて見せる。
跡部は俯いたまま何も言わない。
千石は緩やかに微笑んでいる。
「跡部君?」
「……・・お前が……・。」
「ん?」
「いつでもへらへらしてんじゃねーよ!」
頬を赤らめつつ、跡部は突如言葉を張り上げた。
きょとん。と、千石は目を大きくする。
そうして呆けた顔で口を開いた。
「もしかして…俺が他の人と仲良くするのが嫌だったの?」
カァッ
刹那顔を赤くそめた跡部を見て、千石はゆっくりと微笑む。
「………………ちっ。」
「嬉しいなぁ。俺って愛されてるvv」
「うぬぼれたんじゃねーぞ。」
悪態をつきつつも、とげはない。
痛くはない。
夕日のような清らかな赤が跡部の顔を赤く染めているから。
だから、にっこりと千石は笑った。
「俺、一生跡部君の飼い猫で良いよ。」
ソレを聞いた途端、跡部の表情が消えた。
そうして顔のしわが一つ、二つと増える。
「……………。」
「(ありゃりゃ、不機嫌?汗)」
不機嫌そうに歪められたその顔が、変わる。
あまり感情を外に表さない跡部だが、今は違う。
黒から灰色に変化するような微妙な変化。
険しい瞳からは光が失せて、少し落ち込み気味に瞳を半分伏せた。
どこか哀しげなその表情を見て、千石は首をかしげる。
「あとべくん?」
「…………………猫で良いのかよ。」
「え?」
「だから!お前はそれで満足なのかって聞いてんだ…この馬鹿猫!!!!!」
いらだたしげに、跡部は顔を歪めた。
本当に今日は表情がころころ変わるなぁ。そおんなのん気なことを思ってしまった。
そうして、はたと気がつく。
どうして跡部は最近不機嫌だったのか。
「跡部君、まさか…。」
「最後まで言わすな。」
ちっ。と、舌打ちをしたその横顔は夕日より赤い。
嬉しくて、目の前にいる人が可愛くて愛しくて。
千石は自分の気持ちが押さえ切れずに跡部に跳びついた。
「っ!」
ゆらりとイすの足が揺らいだと思うと背中を床に打ち付けた。
「………っ痛ぇ…。」
ぎしりときしむ身体に目を細めたら、目前の顔に影がかかったから視線を上に上げる。
橙色の、太陽。
それに負けない榛の瞳。
微笑む千石の姿がソコにあった。
「跡部君、凄く可愛い。」
目をうっとり細めて目じりに口付ける。
跡部が照れたように、恥ずかしいように目を反らすので千石は目をいっそう細めた。
「(ヤバ、可愛すぎ。萌)」
「オイ、どけよ。」
「やだ(にっこり)」
「ああん?」
「もう我慢できないもん。」
「っ!この馬鹿!!!」
「えー、良いって言ったじゃん(ぶー)」
「ここでとは言ってねぇ!」
歯切れの悪い跡部に、ぶー、と唇を尖らせた。
「………………駄目?」
「…………………………………却 下。」
きゅるん。と、猫のような瞳を向けるがなんとかこらえた跡部は首を横に背けた。
「(ちぇー、駄目か)…………あ、そうか。」
「あん?」
「跡部くんたら、ここでにゃんにゃんすると想像しちゃうからでしょ(にやり)」
「ちげぇよっ!(怒)」
「分かってるって。でも大丈夫。すぐ終わるよー(にっこり)」
「病院の治療じゃねーんだぞ!こういうのはもう少しデリカシーもてよ!」
「あれ、いがーい。跡部君たらそういうの気にするんだ。」
「っ!」
「良いよ。んじゃ、ゆっくりね。」
「いや、人来るだろ。」
「別に俺は構わないし。むしろ燃えるんじゃない?」
引こうとしない瞳を向けて、千石はにっこりと微笑んだ。
跡部を組み敷いて先に進めようとする千石を止めようとするが叶わない。
肌にあびせられる愛撫と舌に意識が跳びそうになる。
「………・・っ…………・くそ。」
「跡部君、かーいい。」
「………・・っ………・・の……・・。」
ぎり。と奥歯を噛み締めて千石に向けた瞳に色が宿った。
強い力…それは氷帝学園テニス部200人の頂点に立った男の持つ燃えるような炎の目。
「変態が――――――――――っっっ!」
「いだっっっ!」
どごぉ!と、最後の力を振り絞って思いっきり千石の頬を殴った(しかもぐーで。彼に手加減する余裕はもはやない。)力が氷帝学園に響き渡った。
――――――
可愛い跡部が書きたかった・・・千石・・駄目なやつ。でも黒い。
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