― ケーキでも食べましょ ―
氷帝を率いる部長の座についた事に後悔はしていない。
それが俺のポジションであり、居るべき場所だと思ったから。
けれど、時折ふと孤独感を味わう事がある。
それは例えば部活中であったりそうでなかったり。
部長として部のことを考えるのは当然の事。
けれどそのせいで他人と壁を感じてしまう事が時折ある。
「跡部って世話焼きだよねー。」
「ああ?」
突然ジローがお気に入りの超微粒子枕(in羊のもこちゃん)の上に首を乗せて言ってきた。
相変わらずののっぺりした言い方に思わず片眉をあげる。
ちっ、突然起きだしたと思ったら第一声がそれかよ。
教室で作業を(これもまた部長業)をしていた俺は手を止めた。
つーか、なんでてめぇが寝てんだよ。眠いなら家で寝ろ。
「疲れないの?」
ジローの言葉がやけに誰も居ない教室に響いた。
それは
俺が一番気にしている言葉だ。
少々頭が足りないように思えるのに(酷い)時々とても鋭いところをついてくるものだから、俺は頭が痛くなる。しかもどうせジローの事だから深い事なんぞ考えていなくて(これが侑士だったらまた話は別だ)返答に困る。
「疲れるわけねーだろ。仕事だぞ?」
「そうじゃなくてー。」
「どっかの誰かさん達が使えねーせいでな。」
ちろりと冷たい視線をジローに向けたら枕の上からきょとんとした大きなビー玉の瞳が俺を見ていた。
「俺達のこと?」
「よくわかってるじゃねーか。」
はん。と、俺は答える。
確かに、こいつらは使えねぇ。だからこそ俺がやるはめになる。
それを分かってるのか?あーん?
「・・・・・・・・・・・・・・・・確かに悪いと思ってるけどぉ。」
「少しでもそう思うなら部活をさぼるな。」
「えー。」
頭がいてぇ・・・。怒。
「ジロー、お前そんなんだったらレギュラー外されるぞ。」
「・・・・・・・・・・。」
「ちっとはもっと練習に・・・・って・・聞いてんのか?」
「聞いてるよー。やっぱり跡部は世話焼きさんだよねって思って。」
無邪気な笑顔が俺を襲った。
ここが侑士だったら容赦なく毒吐いてるところだが、毒吐くにもジローには毒は効かない。
つーか、分かってない(これは天然なのか阿呆なのか)
ただ、話がずれてないか?
「ジロー・・・。」
ひくり。と、頬を引きつらせてジローを睨む。
その視線に少しだけびくりと反応した。
「眠ってる暇があったら自主練に参加して来い!!大会近ぇんだぞ!!!」
「きゃー。」
耳元で叫んでやったらジローは小さく身体を縮こませた。
ったく、世話が焼けるったらありゃしねぇ。
「だってぇ、跡部ぇ・・・。」
「なに可愛子ぶってんだてめぇ!こんな所で油売ってる暇があったらさっさと行け!!」
「違うよ!これでも俺少しは跡部の役に立とうとっっ・・・!!!」
「(・・・・・・・・それで寝てたら意味ねーだろ・・・)」
めっきり頭が痛い。
こいつは本当にそう思ってるのか?
ぴくぴくとこめかみがひくつくのを感じていたが奥歯をかみ締め言葉を飲みこむ。
「・・・・・・・・もういいからさっさといけ。」
溜息をついてジローに言ったら、少ししゅんとした感じでやっとジローは起き上がった。
そうしててくてくドアへと向かう。
「・・・・・・・・跡部・・・。」
「あん?」
今度はなんだ。
ドアの前でビー玉の瞳を振り向かせた。
「俺達ってさ・・・・そんなに信用、ない?」
「・・・・・・・・・・ああ?」
「・・・・・・・・あんまり無理しないでね。俺は跡部が心配だから。」
それだけ言って、ジローは出ていった。
オイちょっとまて。そんな微妙なところで消えたら気になるだろうが(イライラ)
信用ないの?
少し胸が痛い。
そんなわけ、あるはずがない。
あいつらは俺の良き理解者であり仲間だ。
俺は別にそんなつもりな訳ではなくて、部長としての仕事をしてたまで。
一人でやったほうが早いからしたまでのこと。
それなのに、そんな風に思われていたなんて知らなかった。
けれど、だからどうするって事でもない。
少し疎外感を味わった。ただそれだけの事。
「・・・・・・っあー、跡部君はっけーん!」
・・・・・・・・・・・・更に頭痛が増した。
なんでお前がここにいる、千石(あーん?)
つーか、何故に窓から登場するんだ(溜息)ここは三階だぜ?
「随分な登場の仕方だな。」
「え、そう?だって今日部活ないでしょ?」
「なくねーだろ。自主練だ。自主練。」
「跡部君は?」
「俺は仕事があるんだよ。」
何度も言わせんな。
そう、思う。
ましてや部長としての座に少し嫌気がさした直後に、だ。
「・・・・・・・・・・・・・ふーん、大変だね。」
「ったりめーだろ。俺様は200人率いてるんだぞ?てめーの所と一緒にすんな。」
「・・・・・・がーん。」
すげぇ棒読み…。マジムカツク。怒。
いらいらと俺の怒りゲージが増してゆく。それを見て取ったのか、千石はぷっ…と吹き出しやがった。
「千石、どうやらそんなに俺を怒らしたいらしいなァ?」
「(びくっ)そっ、そんなつもりでわっ。」
「おー、そうかそうか。こんな所まで無防備に来たっつーことはそれなりの覚悟とやらをしてきたんだろうなァ?」
「いっ…一体どんな覚悟でしょう?」
おい、顔がひきつってるぞ?
俺は極悪に微笑を浮かべてドアに手を伸ばすとカチリと鍵をしめる。
その音を聞いて更に千石の笑顔がひきつった。
くくっ、面白ぇ、コイツ…。
「ナニ笑ってんの?」
「別に。」
「ご機嫌は直った?俺を苛めて楽しい?」
「まァな。」
ふ…と、笑って千石に近づく。
手を伸ばせばいとも簡単に届いて、くいと顎をあげさせると唇を重ねた。
ほんの口付けるだけ。それ以上は進まない。
軽く唇を離すと榛の瞳を見つめた。太陽の、色。
その大きな瞳が眩しすぎて、俺は目を細める。
「…………・で?本当の目的はなんだ。」
榛の瞳は一瞬だけ大きく開けられて、だけどすぐに楽しそうに細まる。
「さっすが、跡部君。察しが良いね。」
「本当に俺にヤられに来た訳じゃねーんだろ?」
「別にそれでも良いんだけどねー。もっと面白い事。」
けらけらけらと千石は笑う。
そうして俺の目の前に壁を作った。
「…・・なんだ、これ。」
「今日、俺とデートしてよ。」
「はぁ?」
「だから、デートvv跡部君いっつもかまってくれないんだもん。」
どうやら目の前の壁は雑誌らしい…が、なんだこのページ。
どうにもこうにも怪しすぎる。
飲食店を紹介するページなのは見て分かる。だが、見るからにおかしい。
「俺は忙しい。見て分かるだろうが。」
「まぁまぁ、その仕事終わった後で良いからさ。俺どうしても今日この店に行きたくてー。」
「おかしくねーか?その雑誌。」
「え?なんで?」
きょとんとした顔で返された。こいつには全然違和感がねーのか。
それとも俺が忙しさのせいで流行に乗り遅れたのか。
「(違ぇ…絶対にこいつがおかしい)」
「何その目…。」
「別に。」
「で?お答えは?」
雑誌を鼻の高さまで持ってきて、瞳だけが俺の目にうつる。
楽しげに、千石は俺を誘惑する。
その猫みたいな瞳を見て、俺は溜息をついた。
「……………どこの店だ。」
「やった。そうこないとねvv」
千石は嬉々として雑誌を机に広げるとぱらぱらとページをめくる。
俺はちらりと千石がページをめくるのを見つめる。
細い肩。細い腕。
山吹のエース、千石清純。
こいつにいつも俺は振りまわされる。
だけど黙って振りまわされてやってるのには…
たぶん
「あーった、これだ!」
「却下。」
「え゛ぇっ!!?なんでっ!?」
「当然だ!この馬鹿!!!こんな気持ち悪い店行けるか!!」
ソウ、明らかにコイツの趣味はおかしい。
何故って雑誌そのものがおかしい。
ページは全て真っ黒なのに文字だけは赤くて、紹介されてる店も怪しげで店長の写真も載ってるがモザイクかかってんだぞ?(それって写真の意味あるのか!?)
「どんな趣味してんだてめーは!!」
「どうしてっ!?ケーキ屋だよ!!??」
「(ケーキ屋っ!!??見えねぇ!!!)」
「ほら、見てよ。美味しそうデショ?ケーキ名は"苺屋シェフ一押し!血のように真っ赤な苺beryy,verrysweet"だしvv」
「(名前やべぇ!!!)新たな嫌がらせかよ。」
「いつも嫌がらせしてんのは跡部君だよ。俺このケーキが食べたいんだよね。」
「っっ!!絶対止めとけ!!」
「えぇっ!どうして!?」
「明らかにマズイだろ!!見ろ!なんだかねっとりしてるぞ!?もはやケーキの原型を留めてねぇ!!」
「そんな事言ったらケーキ職人さんに失礼だよ。ねっとりしてるのが美味しそうなんじゃん。」
「血だろ!!これは!!」
「だったらそれもまたそれで良しvv」
にっこり笑顔で俺をまるめ込みやがった…。
俺は…俺は本当にこの店に行くのか?(嫌だ)
「ケーキ屋なら他にもあるだろうが。」
「駄目。ここのお店は前から目をつけてたから。」
「だったら尚更他の日にすればいいだろ。」
「駄目だよ。それこそ次跡部君といつ遊べるか分からないじゃん。」
「(いや、むしろ他の奴と行ってくれ)」
「跡部君と、行くって決めてたからね。」
にっこぉり。おい、その顔は反則だろ…。
純粋を装って実は嫌がらせをしてる事、ばればれだぞ、オイ。
まぁ、本人はたぶん本当に楽しみなんだろうが。
「(ちっ)しょうがねーなぁ。」
「ナイス!跡部君!!かっこいい!!」
「ただし、その後、家に来てもらうぞ。」
「………………ぅわーい。」
笑顔に反して声が沈んでるぞ?あーん?
まさかてめーだけ楽しい思いすると思ってるんじゃねーだろうな。甘い。
仕方がないので俺は書類を片付ける。
幾数の紙が俺の手の平を滑ってゆく。
「あれ?良いの?」
「良い。」
「………………・ふぅーん。」
「なんだよ。」
眉間にしわを寄せて振り向いたら、少し真顔の千石がいた。
「部長、大変だなって思って。」
淡く笑う。
俺の心はまた闇に包まれる。
コイツにまで、そんな事言われるなんて。
俺が千石のペースに合わせているのは
黙って振りまわされてやってるのは
いつでも千石は「氷帝の部長」とではなく「跡部景吾」として見てたからだと思ったのに。
「…どうしたの?」
「別に。」
そう、なんでもないこと。
所詮千石にとっても俺は「氷帝の部長」であり「跡部景吾」なのだ。
変わらない。代わる筈がない。
だけど心の闇は取れない。
「………………・ちぇー、跡部君が部長じゃなかったら良かったのに(ぼそ)」
「……・・っ…。」
思いもよらない事はおこるもんだ。
俺は大きく瞳を見開く。
千石は俺の表情に驚く。
「……・・何………?」
変な事、言った?
そう、俺に尋ねた。
「どうして、そう思う?」
「は?なんでってそりゃー、俺が跡部君のこと好きだから。」
「ああ?」
「ええ?」
なんなんだよ、終いには犯すぞ?テメー(口が悪いです)
「だってさぁ、好きな人と一緒に過ごせる時間があったほうが良いじゃん?」
「そうか?」
「そうだよー。跡部君って結構ドライだけど俺はもうちょっとかまって欲しいもん。」
「(知らなかった)だけどお前我侭あんまり言わないだろうが。」
「そりゃまー、愛してますから(にっこり)」
「(また意味わからねーこと言ってやがる)ああ?」
「跡部君のこと好きだからね。身体壊して欲しくないし。俺にかまってる時間は寝て欲しいし。」
臆すことなく、照れることなく、まっすぐ千石は俺を見て微笑む。
少し心境は複雑だ。
どう対応していいのか困る。
「まァ、俺的には跡部君が部長だろうがなんだろうが関係ないけど。」
そう、千石はいつでも俺の安定剤だ。
危ない時にするりと入ってきて、俺に笑いかける。
"遊んでよ"
その台詞はいつもグットタイミングなのだ。
「跡部君の持ってる肩書きに恋したわけでもないしね。」
あっさりと言いやがった。
俺の闇が晴れる。
少し瞳を伏せて口元を緩ませた。
否、自然と揺るんだ。
「………・・なんだ…?」
訝りげに眉を上げる。
呆気に取られた顔を千石がしてたから。なんて間抜け面。
「なんで皺寄せちゃうの?良い顔してたのに。」
くす。千石は笑って俺に近づくと腕を伸ばす。
指先が頬をなぞる。
瞳は優しい太陽の色。
いつも俺をすくって外の空気を吸わせる。
「……・・ホント、仕方ねぇな、お前は。」
「その言葉、そっくりそのまま返しますvv」
にっこりと千石が笑ったから、俺は頬に触れる千石の手の甲に自分の手の平を合わせた。
伝わる温もり。生きてる証。
この証ができるだけ長く側にあらん事を。
―――――――――――
鬼畜跡部様大好き。跡部に攻められる千石も私は好きです、うふー。
もはやどっちでもイイ。
可愛い系と美人系。この二人が合わさって私はほくほくだよ。
だけどキヨとデートすると怪しい場所に連れて行かれそうでちょいと大変かと思います。
でろでろのケーキ…美味しいのかな。
return
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