― 啓示 ―




「話したい事があるんだ。」

最高学年最後の学期に奴はそう言った。
僕は勿論耳を通りぬけさせたのだが、"待ってるから"そう言ってポッターは去った。
そして今、僕は歩を進めている。

「(全く、なんで僕がわざわざ赴かなければならないんだ?)」

釈然としないものの、妙にあの時の顔が気にかかる。
物静かな微笑。


ピタリと足を止めた。

そうして思い出す。



































まるで、消え入りそうだった。



































一度足を止めたがすぐに前へ出した。
妙な胸騒ぎがするのを




あえて気付かない振りをした。












いつも僕達が会っている場所。
否、ポッターに連れてこられるのは生徒の死角となる木陰。
茂る森が二人を隠す。
一体何時から、その秘密の場所が作られたのかもう覚えていない。








「眠り姫は目を覚ます。」


合言葉。ふざけたものに決めたと思う。
講義するにもポッターは決めてしまっていたし、別に自分から言うつもりは無かったから。

道が無い所に木々が分かれて道が出来た。





一歩進めるごとに道ができ、木がわれる。
決して僕を傷つけないように。

この木のトンテルは





奴の魔法だとありありと分かってしまう。











この道は



























決して僕を傷つけない。







そういえば

と、ふと思った。

この合言葉を言ったのがこれが初めてだと。




そして、そのことを思ったとき、ちりりと胸が痛んだのはきっと気のせいだ。























突然道が広けた。
細い道から少し広い空間がそこにある。
木の壁のようになっている。
これもポッターの魔法のようだ。

誰にも邪魔されたくないと思ってる奴の狂った思考をありありと現している。



























「セブルス。」

ポッターはシダの壁に身体を預けていた。
その顔には安堵した表情が浮かぶ。

僕が来ないと思ったのか?

「来てくれたんだ。嬉しいな。」

「手短に済ませろ。僕は忙しい。」

「まさかまだ論文が終わっていないとか?」

そういって、ポッターはにっこりと笑った。
確かに、まだ卒業論文をし終えていないが、この男に言われるのは妙に腹が立つものだ。
どうして僕より遊んで見えるポッターの方が早く仕上げられるんだ?


パーフェクト。


それがこの男、ジェームズ・ポッターであり




僕の永遠の天敵だ。


「用件を言え。これで帰って欲しくなければ、な。」

蛇のような鋭い眼光をポッターに向けると、僕は木のソファの上にこしかけた。
カサ・・・と、緑の幼葉がクッションとなる。
ポッターは微笑を絶やさずに肩をすくめると、榛色の瞳を向ける。

「ねぇ、セブルス。君は卒業したらどうするつもり?」

「突然なんだ。」

「良いじゃん。答えて?」

にっこりと笑う顔が嘘臭い。なにかを企んでいるような顔。

「そうだな・・・とりあえず、教職を取る。」

「えぇっっ!?」

「なんだその反応は。」

「だってセブルスが先生なんて!どういう風のふきまわし?」

僕はふ・・・と口端を上げた。
お前は先生と言うものに美意識を持ちすぎのようだ、ポッター。

「僕が教師になりたいのは、研究を続けたいからだ。」

「あァ、闇の?」

質問に、コクリと頷く。
ポッターは、うーんと考えた後"確かに、研究するならこの学校は適切だね"と、付け加えた。
ダンブルドア率いるこのホグワーツはたえず優秀な生徒、人材を育てる為に最先端の魔法を必要とする。この学校についている教師達は個性は様々ながら独自の研究をしているのは事実のこと。

「それに、僕が教師になったらお前のようなグリフィンドール生を問答無用で罰せられる。」

不敵な微笑を浮かべたまま笑ったら、ポッターは苦笑した。

「しょうがないよ、勇気のグリフィンドールだもん。ちょっとぐらいはめをはずすさ。」

「無謀のグリフィンドールだろう。お前がなんと言おうが僕が教師になった暁には僕の天下だ。好きにさせてもらう。」

地面に視線を向けて目を閉じた。僕は満足げに嗤う。

「そう、だったら僕の子供が君の所にいったらよろしくね。」













閉じていた瞳を思わずあける。
口元の微笑は消えてしまう。顔を勢いよくあげてポッターを見た。
僕を見下ろすとその表情はとても穏やかだった。







「セブルス、僕はリリーと結婚する。」

鼓膜の奥に言葉が残る。



















「そうか。」



なんの感情も含まれない声で僕はそう答えた。
不思議なくらい落ちついていて、受け入れる。
絶望したわけではないし、裏切られたとも思っていない。


僕の心は   静かだった。


「・・・・・・・・なんか落ちつきすぎじゃないですか?」

ふぬけたような、がっかりしたような言い方に思わず力がぬけた。

「何を期待してたんだ。」

「僕的にはもうちょっと驚いて欲しかったのになーって。」

「もともと長く続かない関係だ。それはお前も分かっていたはずだろう?」

「ちょっとショック。僕はもともと君の絆は強いと思っていたのに!」

「ありえないな。それとも、泣いて懇願でもして欲しかったのか?」

「う〜ん、そういうセブルスも見てみたいねぇ。」

口元に指を当てて考える。・・・・・・・・・・何を妄想している。

「・・・・・・・・・・・・それに、お前は僕がそんな事をしても行ってしまうだろう?」

僕が言ったら、ポッターは一瞬言葉を失ったが、ゆっくり微笑んだ。













何も言わないのは




























頷いたというしるしだ。




















「セブルスが懇願してくれたら考えたかもしれないのに」

「思いもしないことを。」

「なんでそう思う?」

「長い付き合いだ。それぐらい分かる。」

そうしたらポッターは何故かとても嬉しそうな顔をした。
だけど、表情が曇る。












「僕は、君が泣き叫んでもきっと去るよ。」

「だろうな。」

「プライドの高い君のことだから頼んでもきっとしてくれないだろうけど。」

「(クス)止めて欲しいのか?」

「・・・・・・・・・・・・・。」



問いには答えない。
ただ淡く笑うだけだ。


「僕が君の元を去るのは僕の意志じゃない。」

「では何だと?」

嘲るように僕は口端をあげた。
ポッターは目をすぅと細め、嗤う。




































「啓示、だよ。」

「啓示?」

訝りげに尋ねた僕の問いに、"ソゥ"とポッターは頷いた。


静かな沈黙。
その時間は緩やかに。
眉一つ動かさないポッターの微笑みは逆に恐いものがあった。

人形のようにしばらく動かなかったのに、先に動いたのはポッターの方だった。


一歩。

歩を進める。
僕は不覚にもビクリと警戒してしまった。
その行動をみて、奴が笑いをこぼしたので僕はムッとした。






















刹那










ポッターは僕の前にひざまずいた。



それはまるで王座につく者の前に膝を付くように
こうべを垂れて片足を立てる。

「……なっ…・・。」


ポッターはゆっくりと僕の手をとって。
手の平の指の付け根の部分に軽く自分の唇を触れさせた。
そのまま、視線を上げる。


美しい緑色の瞳。
翡翠色のエメラルドグリーンの石がまっすぐ僕を見ていた。



その力に、射られる。








「お願いだから、これだけは信じて。」

紡がれた言葉はとても細くて。
今にも切れてしまいそうだ。
あまりにも瞳がすがるように見るものだから、僕は目を反らせる事が出来なかった。




だってあまりにも切なげに見るものだから。




















「僕はきっと今日限り君に触れる事はない。そして、それは死ぬまで続く。
 僕はきっと決められた運命によって、死ぬ…だろうけど。」

「ポッ…。」

「聞いて、セブルス。」

強い言葉と瞳に僕の言葉は遮られた。
絶妙なタイミングで名前を呼ぶなんて卑怯だ。























「僕は君よりきっと先に死ぬ。」


























今までのどんな言葉よりも強くはっきりと僕の耳に残った。
動けずに、目を見開く。息が詰まる。


どうして、そんな事が言える?


「何故、言い切れる。」

「啓示だから。」

またそれか。まるで分かりきった事のようにポッターは言い放った。
だけど、その言葉は真のものだと分かる。
きっと信じるべき言葉なのだと直感で感じた。


「例え僕がリリーと結婚して、子供を産んでも。」
























翡翠石の瞳の色が一層濃くなる。





























「覚えておいて。最後に名前を呼ぶのは、きっと君の名前だよ?セブルス。」



















しばらく、僕の中の全ての時が止まった。
瞬きも、呼吸も、心臓の鼓動でさえ。
全ての言葉と時は呑み込まれる。
このエメラルドグリーンの瞳に。


僕は今どんな顔をしているだろうか。


僕を置いていくと宣言したすぐあとに僕を最後まで愛すると。
そんな事を誰が信じるというのか。


切なくなる。


思えば想うほどに。


しばらく、じ…と僕を見つめて射たポッターはふいに口をひらくと言葉にならない言葉を言った。
魔法使いの言葉は言霊。
空気を空ぶるように言葉は成される。









"愛してるよ"


切なくなる。
何故だか胸が一杯になった。






「セブルス。」


その名を、呼ぶな。
どうせ行ってしまうくせに。




「………セブルス。」


どうせ置いて行くくせに。


「……・なんだ。」

「名前、を。」

「?」

「呼んで?セブルス。」

そこでやっとポッターは笑った。


これも最後だからと言いたいのか。


認めない。
だって僕はお前に勝っていないし。
まだ良い足りない事は山ほどある、
こんなのは勝ち逃げだ。

そんな事を想っても口には出さない。
だってまるで言い訳のようだ。
引きとめる懇願の言葉のようだ。








なのに、認めたくないのに

どうしてこんなにも切なくなる?






まるで誘導されるように口を開く。

ソゥ、きっとこれは







最後の別れの儀式










「……………・・ジェー…。」


最初で最後の言葉を音となって外に出した刹那、腕を引かれた。
僕は力に従って前へと倒れる。

最後の言葉を飲み込むように











ポッターは僕の口を塞いだ。





















口付けた唇はすぐに離される。あっけにとられる僕の瞳をみて、ポッターはくすりと笑いを漏らした。




























「止めた。お楽しみは後で取っておかないとね。」

















に…と、ポッターは笑って。

そして




























泡となって、消えた。

サァ…と風が吹いたかと思うと、光の粒となって。
残された僕は一人呟く。














「…………後なんてないくせに。お前は最後まで嘘吐きだな。」


ふざけた奴だ、自分で言ったくせに。

期待を持たせるようなことを言うなんて卑怯だと思う。
これも奴の罠だとしか思えない。

けれど

きっと僕はポッターの思惑通りにはまるだろう。

残されても、表情は変わらない。
心もとても静かなままだ。


なのに



涙が後から後からこぼれていくのは何故だろう。
濡れる頬を拭いてくれる者も
慰めてくれる奴も



もう


いないのに。







そこで初めて僕は失ったものの大きさに悔しいが気付いてしまった。
もう手遅れだと分かっていても

こぼれる涙を止める事が出来なかった。



















































++++++

++++++














それから幾年が過ぎて、僕は奴に宣言した通りに教師なった。
教師とは良いものだ。
気に食わない生とを心置きなくいたぶれる上に自分の好きな研究ができるときたもの。


ただ一つ違うのは
心は止まったままだと言う事。

どれぐらい年を重ねても、記憶は薄れない。

少し落ちつきを取り戻しても、ふと沈んでしまう時がある。






あれは







僕は死にゆく道を進む奴の背中を押したことになるのだから。

罪悪感は、ない。
なのに心は静かだ。


どんなに年を重ねても
どんなに経験をつんでも



























なぁ、ポッター。




お前は今どうしている?






























                 「リリー!ハリーを!!!」
                 そう叫んで、僕は杖を取った。
                 そして敵を見据える、迷ってる暇はない。
                 今はどうしてこの場所がわかったのかと問い出してる暇もない。




                 杖を大きく振って呪文を唱える。

                 光の流星群





                 爆発音






                 笑い声








                 そして








                 最後に音のない世界が残った。

                 したしたと雨降る音がうっすらと僕の意識を呼び起こす。
                 何もない瓦礫。暗い闇。
                 その空間に異変を感じて身体を起こそうとした。
                 刹那、全身に痛みが走って、うめく。

                 かけめぐる電撃のような鋭い痛み。
                 流れることを止めない赤い液体。
                 鉄と雨の臭いが重なりあう。

                 眼鏡は割れて、破片が飛び散っていた。









                 ジャリ


                 僕の目の前に足が現れる、
                 そうして、闇のような低い声。



                 「………・・ほう、しぶといな。」

                 「…………ヴォルデモートッッッ。」

                 炎の宿る瞳で下から見上げるように睨みつけて、獣のように低く唸った。
                 ヴォルデモートは、ふ…と嫌味な笑い方をする。

                 「ジェームズ・ポッター。私のもとに来ないか?」

                 「なんだって?」

                 「そうすれば、お前を助けてやってもいい。」

               

                 嘲笑したような声。
                 僕はしばし黙る。







                 …………ねぇ、コイツは君と同じ属種のようだけど随分違うんだね。
                 僕はどうしても好きにはなれそうにもないよ。

                 やっぱり君と僕ってソリが最後まで合わないんだね。
                 だけどずっとずっと君の方がましだなァ。
                 
                 




                 ごめんね。
        

                 君と同じ仲間になれるかもしれないけれど、僕の中では答えは出てる。





                 だけど、許してくれるよね?











                 そうして、僕は口端をつりあげ嗤った。







                 「断わる。」




                 これから殺される人間のできる表情ではないと思う。
                 ヴォルデモートは不敵に唇を歪めた。

                 「そうか。残念だな。」

                 そう言って





                 杖を振り上げた。


















                 
視界が真っ赤に染まる。
                 錆びた鉄の匂いが鼻をつく。
                 意識が薄れ暗闇が訪れるその一瞬前に






















                 
 僕はわずかに唇を動かした。


















































"セブルス"





















名を、呼ばれた気がして振り向いた。
だけれど、そこにはガランとした暗い部屋。
静かな空間があるだけ。

外は、雨。
時間はもう授業が終わってプライベートの時間を与えられる頃だ。

研究室に吾輩はいて、イスに腰掛けていた。
分厚い本を読んで研究を進めていた。










今では誰も訪れる事のない部屋。























吾輩は言った通りに教師になって、グリフィンドールの愚か者達をいたぶってるぞ?

そんな事を胸中で呟く。
得意げに話せる相手がいないのが残念だが。







そこまで思って頭を振った。















何を。






何を今更。














沈んでいる自分に気がついて嫌気がさした。
あの日から、















吾輩はなにも変わっていない。
そう、思ってしまったから。


































どうしているだろうか。

幸せに、暮らしているだろうか。





今はただ、願うだけ。












奴の死が




























どうか安らかであるように。



































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ぎゃーす、暗くなっちゃったよ。
だけどジェスネだったらこんな終わり方は許せます。
ハッピーエンドじゃねーだろ。
そんな突込みはなしです、はいー。

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