彼の居た世界はとても綺麗だった
私に鮮やかな色を見せてくれた
― モノクロ ―
「よし、そーしんとvv」
私は鼻歌を口ずさみながらぱちんと携帯を閉じた。
そうしてぎしりと背中を椅子に預ける。
「なんや、随分ご機嫌やん?」
「ふふ、そう?」
くすと微笑んで目の前にいる侑士に笑いかけた。
侑士は侑士で机の上に腰掛けている。
「にしてもまー、早いもんやな。俺らももう卒業やし。」
「侑士は高等部に行くんでしょ。頑張って。」
「は・・・もうすぐ出発、やな。」
「ん。元気でね。」
「随分あっさりしとんのな。」
「だって永久の別れじゃないでしょ?」
その時の私は何も知らなくて、当然の事のように言って見せた。
「そうやけど、米国は遠いなー。」
「何いってんの、金持ち坊ちゃんの侑士が何を言う。」
「跡部に比べたらうちなんて大した事あらへんで。」
「それじゃあ私から見れば王子様だわ。」
満足げに微笑むと、侑士は「しゃーないな」みたいな顔をして苦笑した。
「にしても驚いたわ。まさかもアメリカ行くなんてなー。」
「うちのパパに大感謝ヨvv」
「いやー、ほんまに。」
口元に笑みを浮かべつつも、その顔は引きつっている。
それもそのはず、うちのおとんはリストラされて、その腹いせとかなんとかでアメリカに飛ぶらしい。
本当に馬鹿だ。
さすが私の父親だ。
「アメリカでやりたいこと探すんだって。」
「ほー。」
「自分には日本は狭すぎるって熱く語っていたわ。」
「うひゃひゃ、流石のおとんやなー。」
「笑いごとじゃないって。子供の気持ちにもなってよね。」
「でも結局跡部と一緒にいられるんやから万万歳やないの?」
「・・・・・・・・・そうね、一応。」
瞳を半分伏せた。
そう、一応、だ。
跡部が中学卒業したら親の仕事を手伝いにアメリカへ行くと聞かされて一ヶ月。
その間私は大いに迷っていた。
別れるべきか、否か。
けれども運命の神様は私にどうやら付いて行けと言ってるらしい。
「けど、よくあんな跡部とつきおうてられるわなァ。」
「ん?」
はー、と、溜息交じりに微笑む侑士に顔を向ける。
「無茶苦茶やん。」
「うん、確かにね(はー)」
「せやったらなんでつきおうてんの?」
それは当然の疑問だ。私もそう思う。
だけど何故か離れられない。
だから私は悠然と微笑んで言ってやった。
「だって景吾は私にベタ惚れだもんvv」
「おーおー、ご馳走さま(げっそり)」
それにくすりと笑って目を細めた。
きっと侑士は私の言ってる事をあんまり理解していない。
だから、口を開く。
「景吾はね、何も言わないの。」
「うん?」
「私は1度も好きとか、愛してるとか言ってもらってない。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「でも、それで良いの。」
「良い・・・んか?」
「良いの。だって景吾は何も言わなくても私の事が大好きだから。」
「それは・・・随分な自信やな。」
「だから私が言ってあげるの。言えない景吾に代わって私が言ってあげるの。」
「好き・・・って?」
言われたから、微笑んだ。
その微笑みは、肯定。
それを見て侑士は少し顔を赤らめた。
「なに?」
「いやー、そのー。なんや。」
ぽりぽりとバツが悪そうに侑士は頭をかく。
そうして私から目を離す。
「人のもんやと分かってはいても赤くなれずにはいられない笑顔やと思うて。」
「あら、最高の誉め言葉vvありがとう。」
「どーいたしまして。」
はー、と、また溜息。
どうせ侑士は安くそんな風に笑うなと言いたいのだろう。
だけど嬉しいのは確かだし。
私は
今とても幸せだ。
「お、そろそろ時間だわ。」
ぱちんと胸もとにかけている金時計をじゃらりと取り出した。
まるでアリスの物語に出てくる白兎が持ってるような金時計。
以前景吾がどこか外国へ旅行した時に買ってきてくれた。
私はそれがどうしても欲しくて。
最初で最後の我侭を、言った。
手の平で持っても余るほどの大きい金時計を開くとアラビア数字が書かれている。
その内側の仕事もたいしたもので。
細かく工夫が刻まれているのをみると職人の頑固さが伝わってくる。
きっと高かっただろう。
でも、今思えば最初で最後なんだからこれぐらいの買い物許してほしいと思った。
睫毛が瞳を半分隠す。
そうして口元に微笑みを浮かべる。
「そんじゃ、いきますか。」
「は?なにを・・・・・・・って、うわァ!!!!!!」
どすん!!!と、音がなったと思うと私の背中には冷たい温度がじわじわと広がった。
それもそのはず、目の前にいる侑士のネクタイを思いきり引き寄せて、自分も倒れたから。
侑士の身体は私に覆い被さるようになって。
それでも私の瞳は臆す事はない。
「なっ・・・・・なんやの!!??」
「いや、間男設定(にっこり)」
「は、はぁっっ!!??」
「間男とは、妻の留守中に惑わしにきたオトコのこと(にやり)」
「そんなこと聞いてへん!!!!」
意味が分からず、侑士は私の胸元でその綺麗な顔を驚きで歪めた。
私はそんな侑士を見てにっこりと微笑む。
そうして
ガラリと勢いよく嵐のように扉が開いた。
そこに立っていたのはぜいぜいと息を切らす景吾の姿。
きっと走ってきたのだろう、息があがって汗が肌を濡らす。
そんな風に焦る景吾の姿なんて全くと言っていいほどみれないから、私は胸中でほくそえんだ。
「・・・・・・・・・・・・・っ侑士・・・・・(怒)」
「――――――――――――――――っっっ!!!!!!!」
ゆらりと不穏に動く空気に、侑士が青ざめたのは言うまでもない。
『跡部・・・助けて・・・侑士がっ!!!・・・・・・・プッ』
これが私が送った内容である。
やだ、ちょっとしたお茶目だって☆
*********
****
「ったく、お前なぁ。」
嫌そうに目を細める景吾を見て、私はにこにこと笑った。
今はちょこんと椅子に座って目の前の綺麗な人を見ている。
「だからちょっとした遊び心です(うふ)」
「(うふ、じゃねぇ!!!)なに考えてんだ!!!」
侑士を一通りぼこったあと、真実を聞かされた後の景吾の姿は見物だった。
けれどそれは氷帝跡部景吾様、侑士に謝るようなことはしない。
ちっ、と舌打ちをした後邪魔な侑士を教室から放り出した。
嗚呼、可哀想な侑士(自分でやっておいて)
「だってさ、もうすぐお別れじゃん。」
「一ヶ月だろ。」
「そうね、一ヶ月で終わると良いね。」
「あん?」
半分伏せた瞳をそのまま上に上げた。
睫毛が瞳を半分隠す。
そぅして私はふ・・・と表情を消した。
「浮気したら殺すから。」
「・・・・・・・・・・。」
幾分か温度が下がった瞳を景吾はしばらく見つめていた。
そうして口を開いたかと思うと当たり前のように呟いた。
「要らぬ心配だ。」
そんな彼の態度を見て、私は満足げに微笑んだ。
結局、幼い私達は親に逆らう事なんてできなくて。
大人の言いなりになるしかない。
私達にできることなんて限られていて。
庶民である私が景吾と結ばれるはずもなく。
どうせアメリカに追っていっても、多分景吾が離れる事など薄々気付いていた。
けれどもそれでも無言で私を引き寄せる景吾の手を振り払う勇気なんてなくて。
夢を見せてくれる王子様をずっとずっと見ていた。
所詮それは夢でしかないのに。
一時の喜びに身を任せたかったのかもしれない。
今では
こんな事になるんだったら渋ったりなんかせずさっさとこの身体を景吾に渡してしまえば良かった。
バージンロードはバージンで通りたいなんていう我侭を言わなきゃ良かった。
ソウ、思う。
*******
****
突如機体が揺れたのに、はっと目を見開く。
がたんと揺れるソレは、風によるものでもなんでもなくて。
その不穏な空気に気付いた乗客達は慌てた様に騒ぎ始めた。
スチュワーデスがそれを押さえようと必死で呼びかける。
けれどもパニックになった集団を押さえられるはずがない。
けれど、この密室から出られるわけでもない。
私は一人座席から動けずにいた。
動けずにいて、ただただ目を見開いていた。
身体が震える。
あぁ、私もやはり死が恐いのか。そう思った。
化学的に言えば死は生命活動の停止。
細胞の寿命が尽きたから。
死は、恐れるものではない。受け入れるものだ。永遠の眠りだ。
そう言った人がいたけれど、やはり目の前にすると恐い。
だって私は一人だし。
家族も先にアメリカ行ってるし。
私はまだ若いし。
何もしていないし。
それなのに、もう死ねと?
なんだか脱力して虚ろに視線を天上に向けた。
がたがたと機体が揺れる。
焦げ臭い匂い。
乗客の叫ぶ声。
泣き叫ぶ人々。
そんな声が全て耳から通りぬけていって私の周りは静かになった。
じゃらん
胸元からおもむろに金時計を取りだす。
金の太い鎖が首に食い込んで。
私は時計を開けずにぎゅうと握り締めた。
胸に押しつけてきつく瞳を閉じる。
瞳をうっすら細めて、真っ先に出てきた人の名前を呼ぶ。
―――――――――― 景吾。
はっ、と誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。
それはとても懐かしく優しい声だったきがする。
けれど、それは一瞬なことで馬鹿な俺はすぐに頭を振った。
幻聴でも聞こえたか。
そう思った。
けれど
ジリリリリリ
聞きなれたその電話の音が嫌に不快に聞こえて。
「はい。」
受話器を取った。
それが
永遠の別れになるともしらずに。
**********
*****
硝煙の匂いが鼻につく。
ワーワーとざわつく人々。
眼前に広がるのは、ばらばらになった機体。
燃える炎。
私の意識はゆっくりと薄らいでゆく。
そこで、私はまだ生きているのだと感じた。
けれど指一つ動かすことなんて出来なくて。
地面に放り出された私の身体はまるで人形のように動かない。
今は痛みも感じない。
ぼんやりとした意識のなか、曇る視界に目を瞬かせる。
目の前には、放り出された金時計。
ふたは開いて、ガラスにはひびが入っている。
時計は、止まっていた。
血がこびりつき、金色を汚す。
不思議の世界に迷い込んだのなら、外に出れれば良い。
アリスは帰れなかったことなど思いはしなかったのだろうか?
私は、出口にちゃんと出れるのだろうか?
けれど導いてくれる時計は、もう動いていない。
口の中にじわりと滲む血の味。
身体中にまとわりつくべっとりとした液体。
鉄の匂いが広がる。
死ぬのか
そんな事を思った。
一人で?
「(嫌だ・・・な)」
ふわりと意識が跳びそうになって
そうして瞬間目を開けた。
まるで広がるその景色が嘘だと思うように。
見なれた氷帝の制服。
薄い色素の髪に整った顔立ち。
あの教室まで走ってきた時のように汗だくで、息は荒い。
私を見つめると痛そうに目を細めて、ゆっくりと息を吸うと近づいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・景吾。」
長いポーズを経て、やっとその名前を口にした。
それはどこか震えていた気がする。
片膝を追って、景吾は私の前に現れた。
本当に無茶苦茶な人だ。
「どうして・・・ここにいるの?」
「見てわからねーのか?目の前の自家用ジェット機に乗ってきたんだよ。」
「(本当に滅茶苦茶・・・・)」
「お前・・・・。」
その後の言葉は続かない。
きっと平気かと聞きたかったのだろう。
でも平気じゃないのは見てとれる。
だから何も言わないのだろうと思った。
だから私は精一杯微笑んで見せる。
「景吾、ごめん。」
「謝るな。」
「先に逝く私を許してね。」
「馬鹿言え。今病院につれてってやる。」
「他の人達が苦しんでる。それなのに私だけ?できないよ。」
「何こんな時に綺麗事言ってんだ。」
冷静に言葉を噤む景吾の声音は静かだ。
綺麗な瞳はまっすぐ私だけをうつしている。
いや、冷静な態度を取ろうとしているのだろう。
「私の身体・・・動かないんだよ。」
「すぐ動くようになる。」
「きっと私はもたない。」
「アホなこというなっ!!!!!」
突然声を荒げられてびくりと身体を震わした。
否、身体はもう震える力さえなくて心が震えたのだと思った。
「勝手に付いて来るっていって、それで勝手に逝くだと!?ふざけるなっっ!!!」
「景吾・・・。」
「許さねぇ!!!俺は認めねぇぞ!!!!!」
「・・・・・・・・景吾。」
ゆっくりと瞳を閉じて名前を呼んだ。
ふー、ふー、と息を吐いて厳しい視線が身体に突き刺さる。
「ねぇ、近くにいるの?」
その言葉に、はっとしたのか私の手を取った。
そうして、冷たい私の手に顔を歪ませる。
自分の頬に、寄せる。
その時の私はそんな景吾の顔さえ読み取れなかったけれど。
「景吾はあったかいなァ・・・。」
「・・・・。」
泣かないで。
「あの約束、撤回ね。」
「あん?」
「浮気しても良いから。」
せめて忘れないで。
「幸せになって。」
涙がこぼれる。
恐い。
死ガ近づいてくる。
景吾が近くにいるのに遠く感じる。
嫌だ
「逝くな。」
そう言った景吾の言葉ははっきりとしていて。
強く強く私の心に響いた。
「ごめん。」
それだけしか、言えない。
景吾は泣けない。
そうして言えない。
だから私が代わりに泣くの。
代わりに言うの。
愛してるよ、って。
「不器用な人。」
微笑んで、笑ったら涙がこぼれた。
瞳にもう景吾の姿はうつらない。
耳にも届かない。
静かになる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
呟くように私の名を呼ぶ景吾の声が聞こえる。
幼い私達は
子供な私達は
死なんて知らなくて
そんな存在信じようともしないで
大きな世界に抵抗出来るのだと本気で思っていた。
「わたし・・・・わた・・し・・・。」
げほっと咳き込んだら胸の骨がぎしりと鳴った。
ごぼりと血が流れる。
息がままならない。
苦しい。
刹那
唇に暖かいものが触れた。
「っ・・・・・。」
深く深く口付けてくるソレは、私の舌を絡めとって吸い付く。
そうして私の喉を塞いでいる液体をぬきとってゆく。
べっ。と、血の塊を横に吐き出してまた同じように口付けをした。
「・・・・・・・・っ・・・・やめっ・・・やめ…て!」
張り上げた声に聞こうともしないで跡部は何度も私に口付けた。
景吾を汚しているようで。その行為が摂理に反している様に思えて。
綺麗な彼を汚したくないと思った。
唇をは・・・・と離すと乱れた私の髪の隙間から景吾の顔が見えた。
見えないはずの私の瞳は、確かに視た。
一瞬だけ
神様が私に慈悲を与えてくれたのだと思う。
瞳と瞳が近くで交わる。
唇が触れるぐらいのその距離で、景吾はいつものように悠然と笑って見せた。
「それぐらい叫べるなら上等だな。」
ふ・・・と笑うその姿を見て、涙が溢れる。
喉から涌き出る血がなくなったおかげで声が出せる気がする。
これだけは伝えなければ。
「・・・・・・・・・不器用な人。今度は・・・・・・ちゃんと口で伝えなきゃ・・・・駄目・・・・だよ。」
「・・・・・・・・。」
「ふふ。私・・・・わたし・・・・・景吾の事・・・・・・・・。」
そこで私の意識は途切れた。
「・・・・・・・・・・・・・・おいっ!!!君大丈夫か!!!??」
背後から声をかけられても、動く気はしない。
今は跡部の目の前で冷たくなった彼女をただただ見ていた。
先ほどまであんなに暖かかったのに。
「おい!!!君!!!」
救護隊が跡部にもう一度呼びかけた。
だからうざったそうに立ちあがると、ゆらりと肩越しに振り返る。
その姿を見て、救護隊は息を呑んだ。
太陽を背にする彼の姿は、あまりにも神々しくて。
泣きも笑いもせずに、ただその場に立ち尽くしているその姿はあまりにも美しかった。
手に持っているのは、血が付いている金時計。
色のない瞳が冷たく光る。
そうして、色のない唇が言葉を成した。
「・・・・・・・・・・・・・おせぇんだよ、てめーら大人はいつも。」
*********
****
あれから、3年が過ぎた。
日本へ帰った自分に周りはどう声をかけたらいいのか分からないようで。
すっかり抜け殻になった俺にまるで壊れもののように扱った。
けれども運命には逆らえない。
今俺は父親の仕事の手伝いをしながらアメリカの高校に通ってテニスを続けている。
忙しい毎日に身を置けば、少しでも忘れられると思った。
けれど、目を閉じればいつだってあいつの顔が浮かびあがる。
笑ってる顔。怒ってる顔。
けれど
最後に血だらけで微笑んだあの顔だけは忘れられない。
それ思い出して苦虫をすりつぶしたような顔をする。
今は世界がモノクロだ。
なんの色もない。音もない。
毎日毎日をただただ生きている自分に価値があるのかと思う。
寄ってくる女はうざったくて。
声をかけてくる奴らに嫌気がさす。
今の自分にはなにもないというのに。
失って初めて
あんなにも世界が鮮やかだったと気がついた。
「跡部。」
ベンチに座ってる俺の頭上へ声が降り注ぐ。
うざったそうに顔をあげるとそこに手塚が立っていた。
「大丈夫か?」
心配そうに自分を見てくる昔のライバルに、俺は瞳に光を宿した。
「ああ。」
そう言って立ちあがる。
ラケットを持つ。
今となっては、テニスもただの暇つぶしでしかない。
あんな風に心躍らせたのも昔のようだ。
この3年間、俺はずっと人形で、生きた屍だった。
手塚もそんな俺を気遣ってくれたが、生憎かまってやれるほど心は回復していない。
このまま、死んでしまいたい。
そう思ったけどそうしなかったのは目の前で死に行くものを見たから。
簡単に命を投げ出さないと誓った。
何故なら、それこそアイツに怒られてしまう。
「次マッチだぞ。」
「ああ。」
「平気か?」
「笑えたもんだぜ。なァ?手塚。」
くく・・・と、喉を鳴らす。
それは自嘲にも似た微笑。
「こんな腑抜けにも勝てねぇんだぞ、奴ら。」
「跡部は強いものな。」
ふ・・・と、微笑む手塚に、瞳をちろりと向ける。
「強い?俺が?」
「ああ。」
「・・・・・・・・・・・・・強くなんかねーよ。」
「跡部?」
「アイツの死を乗り越えられなかった。」
「過去形にするな。」
鋭く叱咤するライバルに、俺は表情を消す。
こんな手塚だから、自分は自分でいられると思った。
まっすぐ自分を見てくるその目は、揺るぎ無いもの。
だから、うざいと感じられない。
「・・・・・・・・・心配するな。」
それが精一杯の感謝の気持ちだった。
ゆっくりと顔をあげるとやはり景色はモノクロで。
白黒の世界が自分を襲う。
あァ。やっぱり俺はお前を忘れられそうにもない。
そう思って目を細めた。
そうして、ずっと持ち歩いている金時計を取り出した。
鎖はとうに切れている。
金のふたを開けるとべっとりとした乾いた血。
それは確かにその“時間”があったという証。
時間は、止まっている。
この時計を見る事が、自分への戒めだと思った。
……………………チッ
目の前の時計を見て目を見開いた。
針が時計としての役割を果たそうとしている。
静かに時間を動き始めた金時計をただただ凝視していた。
ふわりと風がなびいた。
そして、その風に乗った匂いに目を覚ます。
一瞬で世界が鮮やかになった。
「・・・・・・・・っ・・・。」
手塚が先に気付いて息を呑む声が聞こえる。
それに促される様に俺も肩越しに振り向いた。
さわさわと流れる髪の毛
まっすぐな真摯な瞳
変わらないその顔
待ち望んでいた姿がそこに在った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・景吾?」
自分の名を呼ぶその声は鈴のようで。
瞳は外す事ができずに目を大きく見開く。
そうして、ゆっくりと足を進ませる。
「・・・・・・?」
近づいてくる俺に疑問符を浮かべながら、その瞳は俺を見ていた。
どうして
どうして
嗚呼、神様。
距離が近づく。
そうして手を伸ばす。
はまっすぐ自分を見つめる。
頬に触れる。
暖かい。
生きている
生きている。
そう、思ったらもう止められなかった。
手首を掴んで勢いよく自分に引き寄せた。
ぎゅう、と、手に込めるだけの力でその身体を抱き締めた。
「け、景吾っっ!!??」
「うるせぇ。」
泣きそうになる。瞳を力強く閉じた。
溢れる気持ちを押さえる事ができない。この気持ちを言葉にすることもできない。
それはも同じなのか、最初は戸惑ったようだったが細くなったその指を背中に這わせた。
そうして、自分の額を押し付けた。
しばらく抱擁した後、少し身体を離してその顔を覗きこむ。
変わってない、本当に。
そう思って
深く深く口付けた。
「・・・・・・・・・お前、痩せた?」
「第一声がソレ?」
もう少し言う事ないのか。とかいうようには苦笑して身体を離す。
それが名残おしくて不満げな顔を見せたら困ったような表情を見せた。
「・・・・・・・・・・だって恥ずかしいし。」
「3年も待ったんだ。恥ずかしいもあるか。ヤらせろ。」
「なっ!!!下品!!!」
「うるせぇ!!!お前がバージンロードはバージンで!!とかなんとか言うからヤりそびれたんだろうが!!!!」
「わー!!!なんでそんな事覚てんのよ!!!大声ださないで!!!」
「お前の方がずっとうるせぇよ!!大体なんだ!!この死にぞこない!!!」
「うわっ、酷っ!!!一生懸命帰ってきた私にいう事はそれなの!!??」
そんなこんなで、再会は最悪のものになってしまった。
本当に素直じゃない俺達だと溜息をつかざるえない。
「だからさァ、私死んでないのにどっかの誰かさんが死んだと勝手に決めつけて先に帰っちゃったんじゃない。」
ぶー、と唇を尖らせて目を細めるの姿は可愛いとはかけ離れていて。
こうしてみると全然変わっていない。
「起きたらびっくりよ。私3年も眠ってたんだから。」
「植物人間・・・て事か?」
「そー。侑士のお父さんに大感謝。」
「・・・・・・・・・・・っの野郎、それならそうとなんで連絡しなかった。」
ぎしりと奥歯を鳴らしたら、の頬に冷や汗が垂れる。
自分の身体にひしひしと伝わってくる冷たい空気にやや青ざめた。
「心配させたくなかったんでしょ。私起きなかったかもだし。」
まるで他人事のようにいうに面食らった。
そんな風に自分を見るの瞳は妙に冷めていて。
「起きたのに連絡しなかったのは?」
「私が頼んだの。」
「あァん?」
「(恐っ!)だって景吾には景吾の生活がもうあると思ったから。」
「何いってんだてめェ、阿呆か。」
「アホとはなんだ。もし、景吾に他に彼女がいるならアメリカに来ないつもりだった。」
それを聞いて、ぴしぴしと怒りが沸く。
表情に浮き出るその怒りを感じ取ったのか、はまるで小動物のように怯えた。
「だ、だって・・・。」
「だってもくそもねぇ。」
「重荷になるのが嫌だったの。」
「おかげで俺は3年間骸だぜ。」
「・・・・・・・・・・。」
なんだかしょぼんとしてしまったを目の辺りにして溜息をつく。
まるで嘘のようだ。
死んだと思ったから。
なのに、目の前にいる。
彼女はなにも変わらない。
「でも、侑士から聞いた時は驚いた。」
「ああ?何が。」
嫌そうに顔を背ける俺をまっすぐ見つめる。
「どうして忘れてくれなかったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「私は帰らないと思ってたんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんなにすぐ忘れられる存在じゃなかった。」
「他の人で補おうとは思わなかったの?」
「そんな気分じゃなかった。」
「そんな話がなかったわけじゃないでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・愛してたから。」
質問攻めだが、悪い気はしなかった。
最後にぽそりと言った言葉に、は目をむく。
そうして、真っ赤に染まった。
「何赤くなってんだよ。」
「う、うるさいな!!!」
「ははーん、さてはかっこよくなった俺様に惚れなおしたな?」
「わ、悪い!!?」
あまりにも素直に言うのでこっちが呆気に取られてしまった。
なのできょとんと目を開く。
「だ、だって背も高くなってるし、大人びてるし。私はなんにも変わってないし!!!」
その後も自分は幼児体型(そんなことはない)だの、なんにも成長していない(3年も眠ってたんだから仕方ねぇだろ)だのくどくどと続いた。
俯いて必死で言うの姿は妙に新鮮で可愛く見えて。
自然との手を取っていた。
「・・・・・・っ・・?」
「今は、俺の手を握り返す力はあるんだろ?」
瞳はどこか虚ろ。
3年目のあの日を思い出す。
けれど、この暖かい体温は確かにここにある。
今はそれだけが真実。それだけがここにあれば良い。
手の甲と指の関節の間に口付けた。
「お前のいない世界なんてまっぴらだ。」
それは、最高の口説き文句。
なにもうつしていない瞳はただただ白い痩せた手を見ていて。
もう一度自分の鮮やかな世界を見せてくれたに胸中で感謝のキスを贈った。
―――――――
あー、良かった良かった。
また終わりが微妙だよ・・・・って、急いでかきあげるからこんな事になってしまうんですね。
でも主人公が帰ってきて良かった良かった。
これ書いてる途中ミスチルのAnyを聞いていて不覚にもほろりとしてしまった自分(オイオイ)
書いていると時々感情移入してしまう時があります。
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