猫が思う事
この頃・・・・俺はおかしい。
だってね、不二を見て、どきどきするんだ。



胸が・・・・・ぎゅ―――って締め付けられるようになる。






それに気付き始めたのはこの頃。
3年になって、不二とおんなじクラスになってから。








入学して、初めて不二を見て、思った事。それは



随分きれ――な男の子だなーーー・・・・・



てこと。


色素が薄い蜂蜜色の髪も、長い睫毛も、白い肌も、周りにいる女の子に負けず劣らず綺麗だった。
しかも、友達になって分かったけど

頭いーし、テニス出来るし、優しいし・・・・・天才・・・だし。

ほんとに言う事ないほどパーフェクト。
そんな不二が俺の隣にいるだなんて不思議なぐらい。
一緒にご飯食べて、移動して、笑って、テニスして・・・。







今も、目の前にいる不二を見て・・・・俺はドキドキしている。
「不二ってさ、指綺麗だよね?」
日誌を書いている不二を見て、俺はそう言った。
「クス、どうしたの突然?」
日誌から目をそらさないで、不二は俺に尋ねる。
それは、直感的に思った事。だから、素直な気持ちをそのまま、告げる。
「別に、ただそう思っただけ。」



でも、綺麗だなって思うところは指だけじゃない。
不二が笑う時の表情も、とっても綺麗だと・・・俺は思う。


不二は優しいから、作られるその笑顔も、とっても優しい。
そんでもって綺麗。
ちょっとありきたりで臭いかな――――って思うけど、天使がいたらこんな感じだと思うんだよね。



「長くってさー――爪の形綺麗だしさー――うん。」
机にぺたん。と腕の上に首を乗せて不二の指を見続ける。
この指に、触れられたらどんな感じなんだろう?
どんな風に感じるんだろう?
いつもより、もっとドキドキするのかな・・・・・・。




でも、きっとそんな事を考えてるだなんて、不二は知らないんだ。
そのまま不二を見上げて、思う。










この気持ちを、この感情を、なんて表わせば良いんだろう?
こんな事、思っちゃう俺って・・・変?



男相手に、こんな事思っちゃう俺って・・・・・変なのかな。
そんな事さえも、良く分からない。
だって、誰も教えてくれないから。
聞く気も無いけど、誰に聞けば良いのかわかんないし。





不二には絶対に聞けないし。









はっ。と我に返って、変な妄想をしてしまった事に気がついて、消し去るようにプルプルと頭を振る。

・・・・・・・あー―――――・・・・・駄目だな・・・・また考えてるし・・・

このまま不二の近くにいると、もっと変な事考えてしまいそうだから。
それが少し、恐いと思うから。
だから、俺は席を立った。
静かな教室に、立ちあがる音が・・・・・響く。
「どうしたの?」
日誌を書く手を止めて、不二は俺を見上げた。
外から漏れる光に照らされて、いっそう綺麗に不二の表情はうつった。
・・・・・・・まずい・・・・かも・・・・
そんな事を思って、でも外にはあらわさないで、俺は不二に向かって、笑った。
「ん。ちょっとトイレに行ってくる。」





















廊下にある、手洗い場。
そこの水道の蛇口をひねると、冷たい水があふれ出た。
ばしゃばしゃと音を立てて、流れて行く。
そんな水を見て、俺は水道の口に頭を近づける。
冷たい水が、俺に降り注がれる。
頭の上から、頬を伝って、流れ落ちて行く、水。
少しばかり制服の中に入ってしまうけどそんな事は気にしない。




けれど、熱はまだ引かない。









流れ落ちる水を見つめて、音を聞いて、気持ちを落ち着かせる。
そうして、思いっきり首を上げた。
ぱしゃっ。
四方八方に飛び散る。
毛先から、ぽたりぽたりとしずくが落ちて、俺の体を冷やして、行く。
見つめるのは、虚空。
何を考えて良いのか分からない。
そんな俺の名前を…呼ぶ声がした。
「英二先輩?」
声があったほうに首を向けると、そこには桃が立っている。
桃とは、この頃良く一緒につるむ事が多い。
先輩とか、後輩とか、そんなんじゃなくて、同じ仲間として気があった。
大石とはまた別に、不二ともまた別に、一緒にいて楽しい存在だ。
「おー――――、桃――。」
「どうしたんすか、濡れてますよ?」
木蓮ののような瞳は、少しばかり驚いている。
そんなに奇怪な行動してる?
「うん。知ってるよ。」
「とりあえず、今1月っすけど。」
「あはは―――寒いよね――。」
滴り落ちる水滴は、まだ止まらない。
冷たい水は、制服を濡らす。
肌を、シャツを伝わって冷やす。
「とりあえず、どうぞ。」
そう言って、差し出されたハンカチ。
律儀に、綺麗にたたまれたハンカチだ。
それを見て、俺は少し・・ふっと笑った。
「いいの、さんきゅvv」
にっこりと笑って、俺は前へ歩き出した。
桃は、ぽりぽりと頭をかいて付いてくる。



ふと、すっかりと熱が冷えた頭で、俺は桃に聞きたくなった。
この・・・・気持ちの事を。




だから、くるりと振り帰って桃を、見る。
「英二先輩・・・?」
「あのさ。聞きたい事あるんだけど、良い?」
「・・・・・・・・はい・・・。」
「もしさ、同性を見て、ドキドキとかしちゃったら、この気持ちってなんだろう?」
俺の言葉を聞いて、桃の表情が固まった。
そして、少し重たげに口を開く。
「・・・・・・・・・・・・同姓・・・・ですか?」
「うん。」
「・・・・・・恋じゃないんですか?」
聞いて、俺の目は見開かれる。




はぁ?恋?恋だって・・・?




「や、同姓だって言ったじゃん。」
「でも、世の中にはゲイっていう人種もいますから。」
「・・・・・・・………ゲイってなに?」
俺の質問に、桃はまた止まる。
そして、どう説明したら良いのかうーーーっと悩んだ。



・・・・・・・にゃにさ。俺聞いちゃいけない事聞いたのかぁ?




桃は、ぼりぼりと頭をかいて、ちらりと俺を見て。
そして・・・・またうー―――っと唸る。
「先輩、それじゃホモって知ってます?」
「うんにゃ、しんない。」
「・・・マジですか・・・・?」
がっくりと肩を落とす桃。
意味がわからない俺。
桃は一体・・・・・何を言いたいんだろう?





「えー――っと、ゲイって言うのは男を恋愛対象として見る奴らのことです。」
「は?男同士で好き合う?」
「そーーすよ。」
ちょっと困った顔をして、桃は俺を見た。
木蓮の瞳を、そのまま受けとめる。
そして、桃が今言った言葉を、理解しようとする。



「それって、変なの?」
「まぁ、人それぞれじゃないですか?」
でも、桃の話す様子を見ると普通じゃないという事は一目瞭然。
・・・・・・おかしいの?
そう、尋ねたい。
「そんじゃ、一般常識的には?」
「・・・・・・・・・認められないんじゃないんすかね・・・・・・。」
それは、そーゆーことが判明したら軽蔑されるってこと?
畏怖の目で見られるってこと?
好きになった人に・・・・・・・・嫌われるって・・・・・・こと?
沢山聞きたいのに、言葉になって出てこない。
否、意識的に俺は声を出せないでした。
これ以上聞くのが、恐いと思った。
俺がそーゆー人種なのかもしれないと、桃に悟られるのが嫌だと・・・・・感じた。
「………・そっか。」
その言葉が、今の俺の一杯一杯の言葉。精一杯の…台詞。
きっと苦い表情を、今の俺はしてるに違いない。

「にしても、驚きました。まさか英二先輩知らないなんて。」
「にょ?変?」
「いえ、変っていうか、今どき珍しいなって。」
「…………・珍しいかなぁ。」
「いまどき知らない奴なんていないんじゃないんすか?」
「もしかして、俺って箱入り娘?」
「ハハ、違いねぇっス。」
桃が笑ったから、俺も笑った。
心はとてもじゃないけど笑える状態じゃなかった。
それでも…・・知られてしまうのを恐れて、俺は笑った。












とぼとぼ…・。と俺はうつむき加減で廊下を歩く。
ふと人の気配を感じて顔を上げると、そこには不二の姿。
「英二。良かった、今から先生の所に日誌を渡しに行こうと思ってたんだ。そしたら帰ろ?」
いつもと変わらない不二の笑顔。
今の俺には深く突き刺さる。
そう、刺のように。




俺は、桃からこの感情の意味を教わった。
それと同時に、抱いてはいけないものだったと、教わった。





好き




もう、この気持ちは不二には伝えられない。
いまさら気付いたって、もう遅い。
だって、もうこんなにも俺の中に不二が入りこんでいるから。



でも、もう伝えることは出来ない。



このままの状態は苦しい。
言って見れば…・蛇の生殺し?
でもさ、嫌われるのはもっと嫌。
軽蔑されるのは、嫌。
不二が、離れてしまうのは………嫌。
そんな事になるぐらいだったら、蛇の生殺しだろうが、焼き殺しだろうが構わないとさえ、思う。
それほどまでに、不二の存在は俺の中で大きくなっていた。
この感情の意味を知ってもなお、否、知ったからこそさらに大きくなる……・熱い思い。




そう思ったら、どんどん悲しくなって。
たまって行く感情が、俺の中のどこかで……・・あふれた。
目の前にうつる、不二。
茶色の瞳は、見開かれている。
……・なに?どうして驚いているの?



「……………・英二。」
俺の名前を呼んで、近づいてくる不二。
俺との距離ほぼ一歩分まで近づいて、不二は止まる。
「……・どうして泣いているの?」





泣いてる?俺が?




頬に流れているのは、毛先から滴れてくる水滴かと思った。
だから、まさか涙だなんて気付かなかった。
「どうしたの?何かあったの?誰かになにか…言われた?」
不安げに、不二は俺に問い掛ける。
涙で滲んで、不二の顔が良く見えない。
でも、その声音から心配させている事は十分に読み取れた。
だから、プルプル。と、首を振る。
「違う…・・そうじゃないんだ。ごめん。」
涙をぬぐう。
それでも、止まらない。
俺の大好きな不二の指が、ゆっくりと近づいて、頬を撫でた。
涙を、人差し指でぬぐった。
見上げる不二の、不二の顔が……一瞬近づいた気がした。











僕が英二を見つけて少し時間がたったあと、
英二は何を思ったのか琥珀色の瞳からはらはらと涙を流した。
大粒の涙が頬を伝うのを、僕は、見た。
だから、思わず近づく。
近づいて、涙をぬぐう。
それでも、流れる水は止まらない。
聞いても、「なんでもない」と、答える英二。






その行動は、本能的に動いたもの。
体が勝手に…動いた。
手のひらを頬に当てて、少し背伸びをする。










初めて感じた、人の唇の感触。
自分の唇に感じる、柔らかい……モノ。
それが一体なんなのか、理解するのには時間がかかった。


何が起こったのか、俺には分からなかった。







その時の英二の顔っていったら。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。
だから、おもわず笑みがこぼれた。
琥珀色の瞳は驚いたように大きく見開かれて。
本当に、英二といると…・・飽きない。
いっそう深く微笑んだら…・










「〜〜〜〜〜〜〜○△×◇〜〜〜〜〜〜!!!」
声にならない声をあげて、俺は不二から体を引き剥がす。
手の甲を、唇に当てる。
「あ…離れた。」
不二は大して気に求めていないようにしている。





「にゃ……にゃ…・・いまっ…・・今不二…・・っ!!!」
「うん。キスしたよ?」
そりゃもう爽やかすぎる笑顔でにっこりと微笑む。

………ちょっと待って、なんでそんなに普通にしてんのさっ!!
お…俺なんかいま心臓が壊れそうなのにっっ!!!

「……なんでキスなんかっっ…・・」
「いけない?」
なんだか可愛げに首を傾げる不二。
「いけないって言うか、キ、キスとかって恋人同士がするもんでしょっ!!しかも!!俺達男同士じゃんっ!!!」
上昇する体温を感じて、不二に言い放つ。
そこで、不二の顔は真顔になる。
そして、淡く微笑んだ。
「じゃぁ、恋人同士になろっか。」






……………は?……………・・





「はい?」
「駄目?」
「いや…・・駄目って言うか…・・」
なんて言って良いのか分からない。
状況に、ついていけない。

不二は、そんな俺の気持ちと裏腹に歩を前に進める。
「ちょっ、まって!!それ以上来ないでっ!!」
「なんで?」
やっぱり可愛げに首を傾げつつも、歩の早さは弱めない。
俺は手をストップの形を取りつつ後ろに下がる。










「うわぁっっ!!!」
「英二っ!?」





おもいっきり後ろに下がったから上体が後ろに倒れる。
身体に走る、衝撃。

「…・いったぁ…・ιι」

「大丈夫?英二。」
くすくすと笑って、不二は俺の前にしゃがむ。
「…・・っ、いったい誰のせいだと思ってんの!」
「だって、英二が後ろに下がるからいけないんだよ?」
「それ以上来ないでって言ったじゃんっ!」
「僕、天邪鬼だからvv」
にっこり。と、まぶしく光る不二の笑顔。
う゛〜〜〜〜〜〜〜と、渋ったあと、俺はあることに気付く。
それは




「……………・・もしかして、あれ俺のファーストキスじゃない…?」
「え?そうなの?うわぁ、得しちゃったなぁ。」
「得しちゃったなぁvvじゃないよっ!!あんな訳分からないまま終わっちゃって!!!どうしてくれんのさっ!!」
「だって、英二が元気なさそうにしてたから。」
やんわり笑顔で、不二は答える。


かくして、俺のファーストキスはあっさりと、しかも一瞬で奪われてしまった。
しかも、"元気が無かったから"とかいう安易な理由で。



「ふ、不二はそんな理由でほいほいキスするわけ!?」
「まさか。特別な人に限って、だよ。」
「…・・と…・・くべつ?」
「うん。特別vvv」
見なれた天使なような笑顔で不二は言った。







止まる、時間。
目の前にしゃがんでいる、不二。
笑ってる、不二。




特別?




その2文字が俺の頭の中でエコーする。




ほうけていたら、つんつん。と、髪の毛を引っ張られて我に返る。
目の前にいるのは、不二。
微笑んでる、不二の姿がそのにあった。




「あのね、僕、英二の事が好きだよ?」
なんのためらいもせずに、不二は言った。
次から次から押し寄せる出来事に、頭が、身体が、心が、ついて行かない。
今俺の中にあるのは、不二の言った…・今言った言葉のみだけが残る。






「英二は?」
にっこりと笑って、不二は首を傾げた。
やっぱり、不二は…・・綺麗だった。
「うん…・・俺も…。」
頬を紅く染めて、俺は呟く。
あんなに言いたかった言葉が、上手く伝わらない気がした。
小さすぎて、聞き取れないかと…思った。
でも、ちゃんと届いていて。
相変わらず全然ひるんだ様子もなく。
「そう、よかった。」
至極自然な様子で、不二はまた微笑んだ。
それと同時に、抱きしめられる俺の体。
初めて感じる、感覚。
思ったとおり、不二の身体はとても華奢で。
少し気恥ずかしかったけど、照れくさかったけど、ちゃんと伝わった事が嬉しくて、俺は不二の胸に顔をうずめて瞳を閉じた。















次の日、桃は鼻歌混じりに廊下を歩いていた。
今日も英二と一緒に昼練をしようと約束していたからだ。
十字路になっている所を通過しようとした。まさにその時。





どてんっ!!!




なにかに蹴つまづいて、桃は前のめりに転ぶ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ってぇ…・なんだぁ?」
桃の視線の目と鼻の先には、誰かの足があった。
首をあげると、そこには不二が立っている。
「……不二先輩?」
不二は、名前を呼ばれるとにっこりと微笑んで、しゃがんだ。
それでも、不二のほうが目線は上にある形となる。
「あのね、僕桃にお礼を言わなきゃいけないと思ってvv」
「お礼?」
「うん。英二から全部聞いたけど、ここまで上手くいったのは全部桃のおかげだよ。本当に有難う。」
にっこり。と、最大級に、爽やかに、天使的に、不二は微笑んだ。



………・・それなら、どうして足を引っ掛けるんだ?



そんな事を、思う。
確証はないが、不二が犯人としか考えられない。
けれど、いつもにこにこと笑って優しい不二からは考えもつかない事。
だからこそ、疑ってしまう。
しかし、その場にいるのは桃と不二だけ。
明らかに、転ばせたのは…不二しかいない。
「だって英二とキスできたし、気持ち分かれたし、抱きしめられたし……泣き顔見れたしvv」



…・・・…・・キス?…・ていうか…・泣き顔って…・・



ぐるぐるぐる…と、色々な思考が頭の中で駆け巡る。
桃の只今の頭の中………・大混乱。







「でも、英二を悲しませた事は許せないんだよね。」
現実に引き戻されるような冷たい声が頭上から降りそそがれる。
一気に冷える、その場の空気。








まさか信じられなくて、桃は恐る恐る顔を上げた。
けれど、そこにあったのはもう既にホワイトに戻った不二。
「それじゃ、そういうことでvv」
にっこりとまた笑って、不二は立ちあがった。
そして、桃の視界から遠ざかる。








一人残された桃は、床に張りついたまま、呟く。
「もしかして…・・不二先輩って…・凄く猫かぶりなんじゃ。」





そんな事は知られたこと。
微々たる、真実。
いったいどちらが不二と英二、どっちが上回る猫なのか。


それは結局、神のみが知るのであった。














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