お空の気持ち



部活の帰り、英二と不二は手を繋いで土手の上を歩いている。
冬空の下は寒くて、二人の吐く息は、白い。
二人の間に言葉は交わされない。
手袋越しにお互いの体温を感じて、歩く。

「僕達の関係、いつまで続けられるのかな?」
不意に、不二がそんな事を漏らした。
「ずっとじゃない?」
あっさりと、英二は答える。実に英二らしい答えだ。
「まぁ、友達としては・・・ね。」
「不二って夢ないね。」
「現実的って言ってくれる?」
そんなやりとりを交わす。
不二が突然こんな事を言い出したのは、ここが土手で、周りの風景も、体も寒くなったからかもしれない。

「でも…ずっと一緒にいたいな?」
「一緒?」
「うん。このままの状態でいたい。」
それは、“恋人のままでいたい”という意味を含めていた。
けれど、英二はうーんと考え、そして




「空ってさ、毎日“違う”んだよ。」
「は?」




突拍子のないことを言ったから、不二はあっけに取られてしまった。
「あのね、英二。全然話が見えないんですけど。」
「え?だからぁ、空は毎日違うって言ってるの!」
それはさっき聞いた。不二はますます訳が分からない。けれど、英二はなおも続ける。

「空ってさ、表情あるよね。朝の顔、夜の顔、夕方の顔。晴れの顔、雨の顔・・色々・…ね?」
「・・・・・・・うん。」
とりあえず、不二は返事をして見た。まだ英二の言いたいことはつかめないけれど。
「じゃ、今の空は?昨日と同じだと思う?」
「同じ…じゃないのかな。だって晴れだし。」
「違うんだなぁ、それが。」
人差し指を、ピッと空に向けて立てて、英二は得意げに笑った。
「ほら見て、雲が動いてるの、分かる?」
不二は顔を上げて空を見てみる。
「うん。」
こんなにまじまじと空を見たのは何年ぶりかな。と思う。
「だから、さっき見た雲と今見た雲は違うの。同じ空でもね、昨日と今日は“違う”んだよ。だって毎日変化してるんだから。」
「うん。・・・そうだね。」
肯定された事が嬉しかったのか、英二はにっこりと笑った。
「変わらないものなんて、ないんだよ。毎日毎日が必ず“何か”が“どこか”で変わってる。それは俺達だって同じ。こうしている今も、俺達は変化しつづけてる。」
不二はやっと、英二の言いたい事が見えてきた気がした。
そして、英二は自分の論語を、しめた。
「だから、不二のさっきの言葉は正しくない。」
きっぱりと否定した。
「じゃぁ、訂正すると?」
「ん?んーーそうだなぁ。“ずっと俺の側にいてね?”とか。」


「そっか。」
英二は自分の言いたい事を全部言ったのか、一息をつく。
不二はさっきの言葉、英二の気持ちととらえて良いのかな?と考える。
ふと視線を感じて、顔を向けると英二は不二の事をじー−っと見ている。
自分の言った事に意見を求めているようだ。
だから、不二は答えてあげた。
「なかなか鋭いことを言うね。・・・・・・・英二にしては。」
「最後の一言は余計だよっ!」
と、文句を言うがやはり自分の意見を認められて嬉らしい。



「あ、僕“変わらないもの”見つけたかも。」
「えっ、うそ!?」
英二はびっくりしたような、不安げな顔をする、せっかく久し振りにもっともらしい事を言ったのに、すぐに覆されては面白くない。
「な、何・・?」
恐る恐る聞いてみる。
そうしたら、不二はその場に立ち止まって、握っている方の腕を胸元まで上げた。
絡められた指が、二人の視線の前で現れる。
「英二の体温vv」
にっこりと笑って不二は言った。
「英二のあったかさは10年たっても20年たっても、変わらないよね?死なない限り…ね。」
「でも死んだら変わるんでしょ?」
手をもとの位置に戻して、二人はまた歩き出す。
「それも変わることになるの?」
「そりゃそうだよ。」
ふーん。と不二は言った。英二はそんな不二の横顔を見る。
「僕は嫌だな、英二が冷たくなっちゃうなんて。」
ボソリ。と、独り言のように呟いた。
「だって英二は暖かいままでなきゃ、そして僕の側にいてくれなきゃ。そんな事、考えたくもないよ。」
きっぱりと不二が言い放ったから、なぜか英二は顔を赤らめる。なんだか・・・・照れくさい。


しばらく沈黙が続いて、英二が思いついたように顔を上げた。
「あ・・・ヤだなーー。」
「どうしたの?」
「“変わらないもの”見つけちゃったみたい。」
「へぇ、何?」
よっぽど自分が思いついたのが悔しいのか、おもむろに口を開く。
「気持ち、だよ。」
「気持ち?」
「だって、気持ちは存在してないじゃん。“ある”けど“ない”モノ、そりゃ、俺だって人間だし?変動したりするかもしれないけど、本質的には、変わらない。」
一呼吸置いて、少し頬を赤らめて、英二は言った。
「俺が不二を好きって気持ちは、変わらないよ。」
“多分”でもなく“きっと”でもなく、そんな言葉を使わないで、英二は断言した。
二人の足はまたいつのまにか止まっている。
不二はしばらく無表情のまま英二を見ていたが、ゆっくりまぶたを下ろすと、嬉しそうに微笑んだ。


「英二って、時折不思議な事を言うよね。しかも突然。」
「にょ?」
「でもその不思議が僕を幸せな気持ちにさせるから、もっと不思議だと思うよ。」
「うーん、なぞなぞ?」
予想通りの反応に、不二はふふ、と笑う。まるで別に英二は分からなくても良いんだよ。とでも言うように。

「もうっ、また不二は一人で納得して!!」
英二は少し起こったような顔をした。不二は、そんな英二を見て更に笑みを深める。
「それじゃぁ、話をまとめてみようか?」
そう尋ねた。
・・・・・・・話変えてるしさ。と英二はぼやきつつも、どうぞ。と言う。
「世の中には“変わらないもの”も“変わるもの”もある。」


と英二は驚いたように不二を見つめて・・・・・そして言った。
「ちっがうよ!変わるんだってば!!もーーーー全然人の話聞いてないっ!」




まだ二人の論争は終わりそうにもない。










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