"ソレ"を見た時正直言って凍った。
蛇ににらまれたように、何故だか呼吸が息苦しくなった。

別にやましいことなんてないのに。
怒る権利なんてアイツにはないのに。

そう思っても身体が動かず金縛りにあったようだった。

ゆっくりと


  ギィ・・・・


部室の扉が開いて"彼"の瞳が半分だけ見えた時、身体の毛が総毛だった。
嫌な汗が全身から吹き出す。

真っ黒な闇夜の髪の毛。
いつもは穏やかなその瞳が氷に包まれたようだと思った。


私は恐怖に打ちひしがれながら恐る恐る彼の名を呼ぶ。


「・・・・・・・侑・・・・・・士・・・。」

もしかしたら声も震えてるかもしれない。



私の瞳と声を"視て"侑士はとても優雅に微笑んだ。

その微笑みが





あまりにも綺麗で恐怖を覚えた。











「なんやー、二人して何してたん?」


ゆっくりと扉を開けて侑士は部室に入ってきた。
先程一瞬見た狂気じみた瞳はどこへ行ってしまったのか、そこにはただ穏やかな瞳が在った。
否、穏やかすぎて不気味だ。

侑士は笑いながらロッカーを開ける。

は、と気がつくと今私はまだ跡部の膝の上じゃないか。
思わず跡部の顔を見たら、跡部は仕方なさそうに瞳を半分伏せて"ばぁーか"と、唇だけを動かした。

「(むかっ)」

「(ふ・・・)」

私があからさまにムッとした表情をしたら跡部は淡く微笑んで私をひょいと持ち上げると自分の膝から下ろす。

私はまだ気がつかない。


例え侑士が私に背を向けていようとなかろうと、全てお見通しだったということに。
私と跡部のやりとりは、侑士の気持ちを更に荒立たせる事になるなんて。



私は両足を床につけてやっと心を落ち着けると侑士の背中を見た。



「自分こそ何してんの?」

「別にー。自主練したってかまへんやろ?」

ふふ・・・と、侑士は私に背を向けたまま答える。
落ち着き払ってるその姿は、更に私の恐怖心を誘った。

「(しっかりしろ。最初に悪かったのはあっち。私は何もしていない)」

ソウ、自分を暗示にかけなければ壊れてしまいそうだった。
良くわからないけれどこの張り詰めた緊張感の漂う空間が危険だと本能で察する。
跡部はと言うと椅子に腰掛けたまま足を組んで、落ちついていた。
跡部だって気付いていなくないだろうに、このおかしな空間を。
それなのに、跡部はいつもと変わらず瞳を伏せみがちにして膝の前で指を組んだ。

「侑士。」

「・・・・・・・・・・・・なに?」

「(ゾク)」

ゆっくりと、振り向いた侑士の瞳を見てぞくりとした。


こいつは・・・ヤバイ

     逃げろ



           逃げ切れるものか







   逃げろ







          喰われる














自分の本能の、どこから出ているのか様々な所から声が聞こえる。

恐い







その瞳と微笑はとても穏やかだったのに

それなのにまるで野生の獣のようだった。



深淵にかかる月。

深い海のもっとそこに輝く月のような瞳。




































「ふふ、変なやなー。」

ふふふと笑ってパタンとロッカーを閉める。
その音はまるで空間に振動を与えているようだった。

体が震えるのが分かる。
カタカタと躯が強張る。

視線を合わせることが出来ない。






































この男は







































異常だ






































「オイ。」



透明感のある声が私を現実に引き戻される。
顔を上げて声を辿ると薄茶の瞳とぶつかった。

穏やかで、落ちついてる瞳が私を落ちつかせる。

「お前もう用ないんだろうが。」

「え?」

「邪魔だ。」


冷たい言葉。

だけど、それはすぐに私への助け舟だと悟る。
こんな時まで私を気遣ってくれるのかと思ったらまた泣きたくなってしまった。


「早く帰れよ。」

「う・・・ん・・・。」

跡部一人をここに残していくのは少々不安だったが、きっと私がいるともっとやばいことになる気がした。
跡部もそれにきっと気付いているのだろう。


「えー、帰ってしまうん?」

本当に残念そうに侑士が言った。
その言葉でさえドキリとしてしまう。















ふ・・・と、口端が吊り上げられる。
侑士に背中を向けた私に毒牙をつきつける。


月が笑う。






狂気を称えながら。





































「自分は随分楽しんでんのにずるいわなァ。」



瞬間、大きく目を見開いた。

鼓膜を突き破るかと思われるほどの鼓動が耳に響く。



唇が震える。

だけど




言い知れない怒りが沸いたのも確か。








だから、私は振り向いたんだ。







































まっすぐに侑士を見据えると、穏やかな姿がそこに在る。

「そんな事言う権利あんの?」

「んー?」

「自分だって楽しんでるんでしょ。」

「俺は女の子抱かへんもん。」

「同じでしょ。」

「違う。」

そう言った時、瞳が煌いた。

瞬く星が吉凶を現しているようだった。





其れは














私の未来を現しているのだろうか。






































「ばっかみたい。」


そう吐き捨てるだけで精一杯。





































私は侑士に背を向けて足早に出口へ向かう。

跡部と目があったけど、逆に反らされてしまった。
これ以上自分と関わるとろくなことにならない・・・そんな事を思ったのだろうか。

いや、違う。


跡部はきっと優しいから目を反らしたんだと思う。












































パタンと扉を閉めて大きく溜息をついた。
あの空間の外に出て初めて、やっぱりおかしいと感じた。
だってこんなに外が明るく感じる。
澄んだ空気を胸一杯に吸い込んで私は歩き出した。









なんなのよ、一体。




侑士は怒っているのかそうでないのか分からなかった。





ただ、いつもとは違う雰囲気の侑士がそこにいた。





怒っていないなら、どうして怒らないの?
私と跡部を見てなんにも思わなかったの?

私は仮にもあなたの彼女でしょうに。


お互い様だって思ったの?











私はあんなに心かき乱されたのに。










































その時

想いを馳せていた私を現実に引き戻したのは、鈍い衝撃音。






私はその音を聞いて思わず振り向く。



聞き間違いだろうか。




耳を疑うその音を、私はじ・・・と扉を凝視してただ突っ立っていた。
二度は聞こえてこない。

けれど









































聞き間違うはずがない。




































そう思って私は来た道を引きかえした。








































暗闇へと続く一本道だと気付きもしないで

















































「・・・・・・・・・・・・・っっ・・・!」

その光景を見て言葉を失う。
倒れた椅子に、座りこむ跡部。

その跡部の胸座を掴む侑士の姿。


先程の穏やかな彼はどこへ行ってしまったのだろうか。





「・・・・・・・あと・・・・・・べ・・・・・・。」

口端から血が出ていて。
殴られたのだとすぐ分かる。

「こんな時まで跡部の心配なんて随分いけずやん。」

ふ・・・と笑った侑士はとても綺麗だった。
そうして跡部との距離をぐっと縮める。

「なァ?跡部。の肌はどうだったん?良かったか?」

「うるせぇ・・・よ、てめーに関係ねーだろ。」

「そんな事言ってええんか?今すぐここで跡部を犯すことだってできるんやで?」

「はっ。出来んのかよ、てめーに。」

「やめてよ!!!」

思わず侑士の腕に抱きついた。
それでも侑士の腕はびくともしないで。
ちらりと私にやられた瞳は笑ってなくて不気味だった。

深く深く沈んでしまった闇が解放されたようだ。














嗚呼神様。















私はサタンを呼び起してしまったんでしょうか。





















「止めてよ!こんなの・・・らしくないよ!!」

「俺らしゅうない?」

「そうだよ!!こんなの侑士じゃないじゃない!!!」

「そんなら、俺らしいってなんなん?」

標的が私に代わって今度は私との顔の距離を縮める。
ドクンと心臓が高鳴った。

何もうつしてない無表情な瞳は凄く恐い。

こんなにも人の瞳を見て恐いと感じたことはない。

は・・・なぁんにも感じてへんねんな。」

「な、何が。」

「でも、代償は払ってもらわんとあかんなぁ?」

なんの。


そう尋ねるまもなく侑士は私の腕を力強くつかむと私を立たせて

そうして侑士は私の腕を引いた。

「オイ!」

強い声に侑士は一瞬足取りを止める。
振り返ると、そこには跡部が立っていた。
頬に流れる汗はきっと冷や汗だ。

どうしてそんな顔をするの?


私が何か言うよりさきに侑士が微笑みと一緒に跡部に言う。


「ここで大人しくしとき。そしたら何もせぇへんから。」

「んな事聞いてねーよ。」

そしたら、侑士はいかにもいとおしい者を見るかのように目を細めた。

「跡部のそーゆー所好きやわ。せやけど放っておいてや。」








そのまま私の腕を引いて部室の外へと出た。









私は後ろめたそうに跡部の顔を見る。
不安そうな顔をしていたんだろう。
もしかしたら助けを求める目をしていたのかもしれない。


それでも、私は跡部の名を呼ぶ事が出来なかった。






















「俺らの問題やし。」




















その侑士の微笑みに圧倒されたのか跡部もその場所から動く事できずにいた。





































































「・・・・・・・・・・っ・・・・・・侑士!!!離して!!!!」

私の声なんて耳も貸さずに私の腕を引く。

ぐいぐいと強い力で引かれて、侑士は早足なのに足が長いから私は小走りの形でついてゆく。



無言の侑士の背中は今はなにを思っているのか想像つかない。















刹那
私は自分の目を疑った。








真白い建物
屋根の一番高い所にたっているロザリオ





迷える子羊に手を差し伸べて
どんな人にも許しを与える

神を崇拝する








美しい礼拝堂






氷帝学園目玉の場所だ。
私はそこのシスターで、今はともかく昔はシスターの姿をして放課後悩みなど聞いていたものだ。
でも、どうして、今。


侑士の考えが読めない





私が一番行きたくなかった場所だと知っていて手を引くのか。














「侑士!!!」

「なんや、恐いんか?」

くく・・・と、まるで私の心を見透かしているかのように私を揺さぶる。
私はそれを聞いて唇を噛み締めた。



嫌だ嫌だと言っても、女の私が敵うこともなく。
私は礼拝堂の中へと一歩を進める。

侑士はそのまま足取りを止める事無くずんずん進んで行く。

変わっていない。
長く続く真っ赤な絨毯。
目の前に大きなイエス様がそれこそ真白な十字架に貼りつけられていて。

右隣にはマリア様の像が優しく立っている。

氷帝学園はキリスト教で、望むものには洗礼さえ与えるのだ。


だから礼拝堂もとても美しくこっている。
内装は白が貴重で、凄く上品だ。
大きな十字架の下には祭壇があって、中世のアンティ―クが溶け込むように置かれている。










「っ!」

侑士は私をその祭壇の上に縛り付けるようにした。
ひんやりとした冷たい温度が祭壇から伝わってくる。
私の顔の両端に手を置くようにして私を見下ろし、嗤う。

吊り上げられた唇は楽しげに歪まされ、瞳が妖しく光る。

「なァ、。」

「・・・・・・・・・・・・。」
















































「神に見初められたシスターを犯したったら、どんな気分やと思う?」















































迷いのないその瞳が

躊躇のないその声が







































今、狂気を解放させた。





















































――――――――――

ひー、侑士おかしいよ!!!(落ちつけ)
てゆか長いなー、この話・・・汗。
私もこんなに長く続くとは予想もつかず(げふんげふん)

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