― 戦国の世に咲く華2 ―




大きな城の一番上の部屋。
その一室には千石本人と側近しか入る事を許されていない。
その部屋で、千石はあぐらをかいて座っていた。
目の前に同じく座っている南が自分の手に包帯を巻いてゆくのを何も考えていないような瞳で見ていた。
くるくるくるくる・・・
とぐろを巻いた包帯がどんどん小さくなっていく。

包帯を巻いても、すぐに傷がふさがるわけでもないから、じわりと滲む赤い血が痛々しい。



もっとも、本人は全然そんな事を気にしちゃいないだろうけど。







「ったく、馬鹿かお前。」

「馬鹿だもー―ん。だからこんな事しても大丈夫。」

「大丈夫なわけないだろ。本当に、もう。」


文句を言いつつも手当てをする手は止めない。
そんな南の優しさを知っているから、千石は淡く微笑んだ。

その姿を見つめる室町。
瞳には不安がよぎる。その視線に気付いたから、千石はにっこり笑った。

「大丈夫だよ?室町君。」

「別に・・・心配はしてません。」

「あら。」

やれやれ・・・という感じで首の後ろをかいた。

「ところで、亜久津は?」

「今はまだ湯殿の方に。」

「そか。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「何?なんか不満そうだね。」

「当然です。俺は認めませんから。」

すっかりへそを曲げてしまった室町。
確かに、見ず知らずの者を城に上げるのは意味が分からない。

どんな人物か、千石の命を狙っているのかさえも、分からないのに。

このきちがいな行動にはいつもいつも頭を悩ませられるのだ。












「あの、千石武将。」

「あっはは、壇くん。武将って言わないでぇ。笑。」

「え、えと・・・すみませんです。」

「うん、別に良いけどね。それで?」

「あ、亜久津さんの準備が整いましたです。」

「そ。じゃ部屋にいれて?」

「はいですっ。」


壇はゆっくりと襖を開けた。
隙間から現れたのは、長身で浅葱色の小袖に、黒い帯びを腰に巻いた亜久津が立っていた。
髪の毛は今は乾いているので立っている。つんつん頭だ。


「へ―――、あんなに小汚かったのに綺麗にして見ると結構毛色が良かったんだね?」

一応誉めたつもりだったのだが、こんなのは喧嘩を売っていられると勘違いされてもしかたがないという言いまわし。
現に、亜久津は眉をいらついたようにひそめた。

ちら、と手に巻かれている包帯を見る。

「・・・・・・・心配?」

「てめーが勝手にやったことだろうが。」

「それもそうだね。」

瞳を閉じて、くすりと微笑んだ。
長い睫毛をゆっくりとあげる。
開いた瞳はあの時と同じ、険しい光を帯びたもの。




「じゃぁ、聞かせてもらおうかな。」

「何を?」

「お前の事。」

「てめーに話すことなんざ、ねぇ。」

「貴様・・・千石さんに向かって・・・・・・・・・・っっ!!」

「ストップ、ストー――ップ、室町君。」

「は?」

「あァ、"落ちついて゛っていう意味vv」

聞きなれないエイゴに戸惑いながらも、手にかけた刀から手を引いた。
とりあえず、千石に従い腰を落ちつける。


だけれど


亜久津だけは違った。


まるで、懐かしいものを見るかのように。

否、驚いたようだったがその様子は異様なものを見る感じではない。

訝りげに眉を上げたけれども、ふっ・・・と、緊張が少しだけ解けた。



それに気付かない千石ではない。
その一瞬を、見逃したりするほど小物ではないから。



「何、この言葉に聞き覚えが?」

「・・・・・・・・・・・・別に。」






顔を背けて、視線を床に落とした。
千石は、何かを考える様に扇を広げると口元へともってゆく。

白い上等の和紙を下地にして、鮮やかなまでの曼珠紗華。
白い雪の上にぱらぱらと赤い華が舞う。


それは




白い雪の上にちらばる血痕のように。














「・・・・・・・・・・・・・・・・・喜田の亜久津家?」




ぽつり、と。扇の下で千石は呟いた。
刹那、亜久津の顔が上がる。
家臣達も、驚いたように千石に視線を集める。






「せーかいvv」



「なんで・・・てめぇが・・。」


喜田の亜久津家というのは、かなり広い領土である喜田を収めている家の事。
家の権力は大名並で。
大きい家柄。大きい権力。大きい力。

家臣に恵まれ、民に好かれ。
全てが順調な、はずだった。




東に住まう勢力を広げて行った伴家。
ここに攻められた。
防衛もなにもしていなかった不意打ちに、あっさりと亜久津家は倒れる。



(ただ、亜久津の家の人間は皆殺しだって聞いてたんだけど。)


それだけが疑問。



「千石・・・。」

「ん?何、南。」

「何?じゃなくて。なんでこいつが亜久津家の人間だってわかるんだよ。」

言われて、きょとん?と、千石は首をかしげた。


「だってそうだろ。亜久津の家の人間は皆殺しだっていうのお前の耳にも入ったじゃないか。」

「うん、だね。」

「それに、亜久津の姓を持つ奴なんて沢山いるだろ?」

「まァ、そうなんだけど。」

「だったらっ・・・・。」

「でもね、亜久津が持ってた小刀の柄に彫られていた牡丹の文様は、確かに阿久津が"亜久津家"だっていう証拠だよ?」

口元は扇で隠したまま、千石は目をすぅと細める。
そうして室町の方をあごでしゃくった。
その合図を受けとって、亜久津から取り上げた小刀の柄を見る。
確かにそこには牡丹の文様。





「・・・・・・・・・・・・。」

「ね?」

「(この目ざとさを他にも役立てられればっっ・・・・!!)」

「(今凄く侮辱された気がする・・・)」

「それで、なんで亜久津家の人間があそこにいたんだよ。」

「そりゃぁ、命からがら逃げてきたきたんでしょ。」

「ふっ・・・ただの負け犬ですか。」


鼻で笑った室町を、亜久津がぎろりとにらむ。
睨むだけではない、すばやい動きで室町の胸に掴みかかった。
上から見下ろして睨みつける。

「・・・・げほっ・・・乱暴だな。」

「てめぇ、もう一回言ってみろ。」

「無礼な輩と話すことなんてない。」

「なにぃ?」

「はいはいはーーーい、室町君も、亜久津も。そこで止めて。」

「お前に指図される気なんざねーよ!!!」

「分かった分かった。だからその手を離して。ね?」


何故かなだめられていることに気がついたのか、ちっ、と舌打ちすると手を離した。
室町は大袈裟に服を整える。





「亜久津はさ。復讐したいの?」

「・・・・・・・・・・・・。」

「復讐したいっていっても一人じゃ無理じゃない?」

「だからなんだよ。」

「俺と、手を組まない?」






は?な感じで阿久津は千石を見た。
だけど、それをしたのは周りの者も同じ。

「せっ・・・千石?」

「何を言ってるんですかぁ――――――!!あなたは!!!」

「え、反対?」

「反対反対!反対に決まってます!!」

「いや、でも決定事項だし。」

「今ここで決めただけだろ!!!」

「おー、南良い突込みだね。」

親指をぐっ!と立てて"good"の形を手でしてみる。
そして一同溜息。

「で?亜久津はどーよ。」

「断わる。」

「がーーん。」

「(めらくそ棒読みだぜ、こいつ)」

「えーー、なんでぇ?」

「てめぇはうさん臭ぇなんだよ。」

「うっそ。こんなに誠実そうなのに!?」

「(はぁ、なんだコイツ・・・)とにかく断る。」

「でもさ、復讐したいんなら恥もプライドも捨てるのが普通じゃん?」

また「プライド」などという言葉を使ってみる。
勿論他の人にわかるわけない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

言われた事が図星なのか、亜久津は押し黙る。
確かに、確かにこの男の言ってる事は一理ある。
しかし

「それでてめーに殺されたらおじゃんじゃねーか。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり。」

「ああ?」

「だって俺わざとエイゴ使ってみたのにちゃんと普通の反応したし。亜久津、エイゴしってるね?」

嬉しそうに口元を歪めた。
意地が悪げに微笑まれる微笑は邪悪なもの。

「・・・・・・っっ・・・・・だましやがったな!!!???」

「違う。ためしただけだし。」

「同じじゃねーか!!!」

一枚にも二枚にも千石は上手だ。
にんまりと微笑む笑顔はそのままに、千石は続ける。


「でもね、目的は一緒だよ。俺も伴爺倒したいんだ。」

「理由は?」

「俺の親父が殺された。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「て、いうのは建て前で。俺はただ伴爺の権力と領地が欲しい。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「なぁんて言ったら呆れる?情を買うには前者なんだけど、亜久津に嘘付いても仕方ないし。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先に言ったよりもずっと信用できるぜ。」

「ははっ。」

言われて、千石は笑った。
亜久津はまだ千石を見下ろしたままだ。
灰色の瞳が千石を無表情で射る。



「そうだよ、あんな同情引くような建て前言い訳なんて全然意味をなさない。お前だってそうだろ?お前だって、復讐は二の次じゃん。」

ふ・・・と微笑んで亜久津を見上げた。

「最初から復讐するつもりなんざねーよ。俺は、俺の周りを勝手にかきまわされたのが許せねーだけだ。売られた喧嘩は買う。それだけだ。」

「上等。そっちのほうが俺達にとってはずっと信憑性があるってもんだよ。」
















「同盟、締結・・・・・・・・だね?」












扇の後ろで、さも楽しいオモチャを見つけたように笑う千石。
のせられていると分かってはいても、力が必要な事は事実。
だったら乗せられてやろうじゃねーかと亜久津は思う。











「最高じゃねーの。」













そこで初めて、亜久津は笑った。


















――――――――――――――――
えへ。最高じゃねーの。とかなにげにポイントの台詞は押さえてる私。
ていうか絡み作れるかな―。こんな調子まで最後まで行かないように頑張らないと(頑張るのか)


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