千石が亜久津の秘密を知って一ヶ月。
けれど千石はいっこうに亜久津をどうこうする気はないらしく。
亜久津も最初のうちは警戒してた亜久津だが、千石のその変わりない態度にほだされたのか次第にいつも通りに戻っていた。

千石は笑って、亜久津は隣にいる。
それが当たり前のことのようになっていた。

ずっと、こんな風に過ごせるのだと思っていた。


そう、ずっと一緒にいられると信じていた。









「千石!!!!」





その一言で、物語は一気に終末へと動き始める。



平和な日常は、音を立てて崩れてゆく。





































*********

***


「んもー、伴爺ったらせっかちなんだからぁ。」

少し唇を尖らせながら馬に千石は飛び乗った。

「千石、余裕だな。」

「あら、南ちゃんてばもしかして恐い?」

「まさか!」

にやりと微笑んだ千石に対して、南は声を上げた。
けれど、その表情は厳しい。

それもそのはず。

歴史に残る大戦争が、今、始まろうとしていたから。

伴家が千石家に戦いを挑んだ。
否、領地を荒し、女子供を殺した。


だから、これを黙って見過ごすわけにはいかない。

長年保たれていた均衡が今崩れる。

だから、若き当主は決意をした。

「ったく、別にそんなに攻め急ぐ事ないでしょうに。」

「あちらさんとしては千石さんがもっと力をつける前に潰しておこうって魂胆でしょう。」

「まぁ恐い。」

あらかさまに言ってみせる千石に、室町はグラサンの奥の瞳をしかめた。
それが分かったから千石は笑う。

「大丈夫だよ、室町君。」

どこにそんな自信があるのか。
何も準備をしていなかった千石の方が圧倒的に不利なのに。
それでも千石は笑っている。

不利な状況だとわかっているから、家臣達の顔もこわばっているのだ。
それを分かっていながらも、千石は戦いを挑んだ。
無論、ただでは殺されないと決意しているのは事実。
だが、勝つ見込みがないことも事実。

「ホント、こんな馬鹿当主によく付いてきたと思うよ。逃げ出したって良いのに。」

「はっ、負け犬じゃねぇか。」

そこに響いたのは月の声。
その声に千石は顔を向ける。
黒髪の、つんつん頭。

それを見て、真実を知っている千石はまぶしそうに目を細めた。


「亜久津、やっとここで果たせるね。」

「あ?」

「だから、復讐。」

にっこりと笑った千石に、亜久津は表情を消した。
そして、呆気に取られる。
そうだ、そうだった。と。

すっかり城で過ごしている間忘れていた。
確かに当初の目的は伴爺を殺す事。
だのに、忘れていた。

それを見て取ったのか、千石は微笑んだ。


家来の一人が千石に兜を渡す。
いつもならば重い鎧は嫌だと着ない千石だが今日はちゃんと着ている。
それこそ、この戦いが厳しいものだという事を表していた。

紅い朱で染められた兜を手にとって、千石は微笑を象る。

「さて、行こうか。」










その微笑みは、雲で覆われた暗い空に呑みこまれた。





































































                           ――― 亜久津

                           なんだよ

                           俺が守ってあげるから

                           はぁ?

                           やばくなったら、絶対駆けつけるから

                           お前に守ってもらうほど弱くねぇよ

                           そっか(苦笑)

                           ・・・・・・・・・・・・・でも

                           ?

                           死ぬな










                               うん


































































ふと、そんな事を思い出した。

雨が頬に当たる。
遂にざぁざぁと降り出した大粒の雨が痛い。

身体は思うように動かない。
馬は死んだ。

自分は重い鎧を脱いだ。

目の前に立つのは




薄ら笑いを浮かべる初老の男



「・・・・・・ちっ。」

「口が悪いですねぇ。」

「うるせぇよ。」


今や亜久津は窮地に立たされていた。
身体はうつ伏せになって顔を上げるのがやっと。
色があせない瞳を向けるのがやっとだった。

それを知っているから伴爺は笑う。

「やっと見つけましたよ。」

「・・・・・・・・・・・うるせぇ。」

「いやしかし、驚きましたねぇ。あなたはとても珍しい。」

その言葉にびくりとした。
あらわになったその姿は、亜久津の全てをさらけだした。

染め上げた髪の塗料は雨によって流されて。

銀に光る髪がそこにある。

「この美しい髪。どのぐらいの価値になりますかねぇ。」

気持ち悪い。

「いや、それともその身体こそどのぐらいの価値になりますか。」

触るな。



身の毛がよだつ。
髪に触れるしわしわの指は、耐えがたいものだ。

あの懐かしい指。
あの指に触れられるのは、嫌じゃなかった。
とても優しかったから。


「あちらでも随分可愛がってもらったんでしょう?」

にんまりと伴爺は笑う。
その笑みに、ぞくりとする。
頬に冷や汗が垂れた。目を見開く。

「是非私にも味わわせてもらいたいものですねぇ。」

その腕が自分に伸びて、自分の腕を掴んで引き寄せる。

「なっ・・・・!!離せ!!!」

「どうせ身体の自由がきかないのでしょう?帰ったらどうせ私の家臣達が味見するに決まってるんです、だったらせめて始めに私が味見してもいいでしょう。」

「やっ・・・・・・!!!」

ぐいと引き寄せられて躯が身震いした。
今まで男に身体を奪われたのは幼少の頃。
自分の姿を見た男が心を奪われた。

その時から、これを隠そうとした。

自分を拾った家族は隠す事はないと、美しいといってくれたけれど。
自分にとっては不幸を呼ぶモノだ。

だから身を守る為に髪を黒く染めた。
身を守る為に武道を習った。刀を持った。

なのに、やはり自分は自分一人も守れない。

口には出さなかったけれど、自分に優しくしてくれた家族達に感謝していた。
いとしかった。

その家族を奪った仇が目の前にいるというのに身体が思うように動かない。
刀を持つ力さえ、ない。


その唇は、今心に深く刻み込まれている者の名を口にする。

かすかに呼ばれたその名前を、伴爺は聞き逃さなかった。


「千石君ですか?」

「!」

目を見開いて伴爺の顔をみた。
自分との距離は近い。その差一寸ほど。

けれど、その老いた唇は残酷なまでの一言を放つ。







「死にましたよ。」

「・・・・・・・・・・・・・な・・・に・・・?」

「彼は、死にました。」

「・・・・・・・。」


言葉が出ない。

嘘のようだ。その一言一言が受け入れられなくて、耳をかさない。

死んだ?千石が?


「嘘だ。」

「いいえ。今ごろ彼は一人で戦場に立って私の家臣達に囲まれているはずです。そうして一瞬後には草の上で冷たくなってるはずですよ。」

気持ちの悪い笑みが亜久津を襲う。
絶望が、亜久津を襲う。












































                                             死ぬな




                                             うん













                    必ず戻ってくるよ









































嘘ばっかりじゃねーか。

そう思った。

「泣いているんですか?」

その言葉に、はっとした。
いつのまにか、瞳から涙がこぼれていた。
今やすっかり濡れている頬を更に濡らした。

この気持ちは一体なんなんだ?
何故俺は泣いている?

「悲しいですか、彼がいなくなって。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「大丈夫ですよ、それもすぐに忘れられる。」

くっ、と喉をならしたのが妙に不気味で顔を強張らした。
それさえも伴爺は愉快というように笑みを深める。

「さっ、触るな!!!」

「もう泣いても叫んでも誰も来たりしませんよ。」

「うるせぇ!!!」

自分の肌にまとわりつく手に抵抗しながら心のなかであの名前を叫ぶ。

もうあの笑顔が見れないと分かってはいても叫ばずにはいられなかった。

指し延ばしてくれる手はもうないというのに。








































嗚呼、千石  ――――・・・・
































































「・・・・・・・・・・・・・・・うっ!!」


突然自分に覆い被さっていた伴爺の笑みが消えた。
ぐっと喉を詰まらせると、苦しそうに身体を起こす。

「・・・・・・・・・・?」

顔を強張らして身体が震えた。

「・・・な・・・ぜ・・・・。死んだはず・・・じゃ。」

瞳は後ろの方へと向けられる。
亜久津は何がおこったのか理解出来ない。

ぐらり

伴爺の身体が横に倒れてどさりと音がした。
ゆっくりと傾いて行く身体の後ろに見たのは。


太陽の髪と、静かに鋭く光る双眸。




その姿が亜久津の目の前に現れる。

信じられないといった風に目を見開いた。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・千石。」

その名を、口にする。
もう二度と届かないと思ってた言葉。


けれど、彼は目の前にいる。









雨が降るその戦場での姿は酷いものだった。

着ているものは薄い小袖一枚。
身体中は刀傷だらけ。
片目からは血が出ていて。そこらじゅうに血が付いていた。
乱れた橙色の髪の毛は、うざったいぐらいに顔にへばりつく。

目を引くのは、手に持たれた銀の刃。
血に染まったその刃が鈍く光って亜久津を移す。


虚ろな表情のない千石が立っていた。
ただ、立ち尽くしていた。


いつもの穏やかな表情を微塵も見せず、冷たい表情だけがそこにある。
氷のような声が伴爺を更に追いつめた。

「ったく、人のもんに軽軽しく触るなっての。」

「・・・・・・・・・・・・どう・・・して・・・。」

「どうしてって。俺はラッキーだけに恵まれた男じゃないってこと。」

そこで初めて表情をつくる。
不敵に歪まれたその微笑みは妖しきモノ。

「結構強いのよ?」

「・・・・・・・・・・やられましたね。」

「俺、まだ亜久津を手放すつもりもないし。汚い手でさわんないでくれる?・・・・・・て、もう聞こえてないか。」


事切れた骸を冷たく見遣って、千石は亜久津を見た。
びくりと身体が震える。




ふらりとしっかりとしない足取りで千石は亜久津に近づくと、両膝を折って亜久津を見下ろした。

「はは、酷い格好。」

「お前もな。」

「うん、結構疲れたよ。大丈夫?」

ん?と、首をかしげる千石は全然変わらない。
それを見て胸がしまった思いがした。ぎゅうと胸がつぶれそうだ。


だって目の前の千石はとても痛々しい姿で。
立っているのもやっとだっていうのに。

「どうして、ここに来た。」

「だって亜久津と約束したし。ちゃんと駆けつけたでしょ?」

「・・・・・・・・・・・。」

「てゆかさー、俺が追いつめられた時点で伴爺いなかったからこりゃヤバイと思って。」

「お前のほうがヤバイだろ。」

「あは、そだね。でも生きてるし、一応。」

笑って、千石は手を差し伸べた。

それを、亜久津は見る。


変わらない、あの時と。

















                                           一緒に来る?




































差し伸べられる手と微笑みはこんなにも暖かい。







































手を伸ばした。
その指先は一瞬触れて。


けれど、そのまま千石は前にどさりと倒れた。


「・・・・・・・・・・・っ・・・・千石!!」

思わず千石の名を呼ぶ。


「・・・・・・・嗚呼、もうヤだな。力が入らないや。」

「せん・・ごく・・・。」

「何情けない顔してるのさ。」

草の上に横たわる千石の身体からは止まることなく血が流れていて、無意味な水を草に与えた。
鉄の錆びた匂いのする肥料を草に与えるかのように。

頬にしたたれる赤い液体は千石の体温を奪ってゆく。
瞳もどこか濁ったようになって、亜久津を見ているのかさえ定かではない。
視力が落ちていることぐらい、見て取れる。
吐く息も、呼吸も、全てが細く浅い。

緑の草は紅色に染まる。
曼殊釈迦の花弁の如く赤い華が咲いた。

命の灯火が消えかかっている事なんて

目の前の千石を見れば容易く分かってしまう。


「死ぬな。」

「・・・・・・・・・・・・・亜久津。」

抱き寄せて、自分の膝の上に千石を転がした。
瞳が交わる。
千石は弱々しく微笑む。

「メンゴ。守れそうにない。」

「阿呆なこと言うなっ!!!」

「怒鳴るなよ。そういう運命だったんだって。」

「諦めるな!!!!」

自分の為に必死で怒る亜久津を見て、初めてみる表情に微笑んだ。

「これも・・・運命、かな。」

「何言って・・・。」

「罪を犯した代償なら、ちゃんと払わなきゃね。」

「もう充分苦しんだじゃねーか。」

「それだけで、あの人の気持ちが収まるとは思えない。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ンなことねーよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・亜久津?」

「自分の子供を本当に憎める親なんざいねぇ。」

「でも・・・。」

「本当にお前を憎んでるなら自殺したりしねぇ、声を上げたりしねぇ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「お前のことを想ってるから。愛しているから、負担になると思ったから。」

「親父に知られたくなかったんだよ。」

「馬鹿。心配してたんだろ。んでもってお前の母親はそんな風に追いつめてしまった自分を責めたんだろ。」

「・・・・・・・・・・・そう、かな。」

「そうだ。お前は充分愛されてる。」


灰色の月がまっすぐに火を見つめる。

ぽた・・・

涙が頬を伝う。



千石が泣くのを初めて見た亜久津は息を呑んだ。




「・・・・・・・・・そっか・・・・・そっかぁ。」


・・・・・・・くっ、・・・・・・ひっく。

涙をぬぐう力もないから、千石はただただなきじゃくる。
亜久津はそれを見つめていた。



下がってゆく体温。



千石が黄泉路に旅立とうとしている。










「亜久津には・・・・・・救うつもりが救われてばっかりだよ。」

「そんな事ねぇよ。」

「いや、感謝してるんだ。」

瞳は何を見ているのか。

「亜久津・・・亜久津の顔が見えないよ。」

瞳は確かに自分の方を見ているのに、視線が定まっていない。
それがいたたまれなくて手を掴んで自分の頬に当てる。

体温が冷たい。

「逝くな。」

「ごめん。」

「謝るな。」

逝かないで








ふわり、と、空気が浮く。



亜久津は目を見張った。






それはそれは優しく千石が微笑んだから。

















「俺・・・・・・俺ね、亜久津。亜久津の事・・・・・・・・・・・」














その後の言葉は続く事はない。




濁った瞳は光を失せて。





握られた冷たい手は力なく草の上に落ちた。
























「―――――――――っ・・・・・・・・くっ・・・・。」

涙がこぼれる。
留められない。

この押さえる事のできない感情。

失って始めて気付くなんて。









































魂から叫ばんばかりの声で、空を見上げて亜久津はかの名前を換んだ。



























































**********

*****


日の当たるうららかな日。
戦は終わって、今は平和な日常が城を包む。

一ヶ月も前は、あんなに過激てきな事がおこったというのに今はそれさえも薄れゆく。


結局、大逆転を治めた千石家は、伴爺を吸収して更にその規模を広めた。
戦の痛手は酷かったが、なんとか城のものも体力を回復させることが出来た。

失ったものも大きいが、得たものも大きい。







亜久津は軒下でぼんやりとすわりながら足を揺らしていた。
今はその姿を隠したりしない。

最初は驚いたものの、みんな受け入れてくれた。

仇を討った自分は、これからどうしようかと思ったが行くところもないしここにいろと南が言ってくれたので今も城にいる。

この忌むべき姿を受け入れようとしはじめたのはあの戦の後。
自分を受け入れたあいつに付いていく者達の事、やはり理解してくれた。

今は居心地のよいこの場所を離れるつもりはない。

自分と向き合う事を決めたことによって、亜久津の心は今や落ち着いていた。

穏やかな日常。


過ぎ行く平和。



























全ては、あの出会いから始まった。






































     きしきしきし


床を踏む音が聞こえて亜久津は顔を横に向ける。
さらり、と、銀の髪が揺れる。






そうして、嫌そうに顔を歪めた。

「ヤだなぁ、そんな風にいやがらなくても良いのに。」

にんまりと笑うのはまぎれもない、橙色の髪の少年。


それを見て、亜久津はますます顔を嫌そうにしかめる。


「誰のせいだと思ってんだよ。」

「いやー、もー。あの時の亜久津本当に可愛かったな。俺の名前を何度もよんじゃってさぁ。」

「あんなの一種の気の迷いだ!!!なんかの事故だ!!!だいたいてめぇ、何ちゃっかり生き延びてんだよ!!!」

「愛ですね。」

「絶対ちげぇ!!!!!」

一時はどうなるかと思ったが、あの後駆けつけた南達に運ばれて、千石はしばらくは意識混沌したものの、その後目を覚ますとすさまじい程の回復力で回復した。

「いやはや、ラッキー☆」

「・・・・・・・・・・・・・・っっっっ(人がどれだけ心配したと)」

ゆらりと橙色の髪の毛が揺れた。
座ってわなわなと震える亜久津の前にしゃがむと、瞳を捕らえる。
その紅き瞳はまるで獲物を駆る獣の様で。

「っ!・・・・なんだよ。」

「うん。あのね、俺分かったんだ。」

「なにが。」

「亜久津が好き。」

「!!!!は、はぁ!!??」

「だから、これからじゃんじゃん責めるからよろしこ(にっこり)」

「男同士だぞ!!??」

「関係ないvv」

「関係あるだろっっ――――――――――!!!!!!」


緩やかな時が流れる。
穏やかな日常が過ぎ去る。





はたまたひょんな出会いから発展したこの二人。
















まだまだ問題は尽きそうにも、ない。







それでも穏やかな春は近づいている。



































―――――――――――

終わった―。
ふぅ、頑張った私!!!(何?)
長かったー・・・・・・・(げそり)
千石っちゃんはやはしこういうキャラでないと。ラッキーで生き延びる系!!!
なんだかホモなんだか友情なんだかもはや分からない(うんうん)

return