『束縛という網』




「規則」なんて「ルール」なんて
一体誰が            
     

いつ
                  何処で





創ったのだろうか         
最初はきっと何も無かったはず。
「束縛」だの「制約」だの      
そんなモノ、無かったはず。
未だ地球ができたてほやほやの時代に。
まっさらで、真っ白で、何も無くて。
そんな何も描かれていない広くて大きな。
無限なキャンパスに二足歩行を覚えた人類の祖先は






様々な絵を描いていった。






絵は連なり、「歴史」となって。

今、私たちを創り、築いて、ゆく。





私は年々排気ガスでどんよりと雲ってゆく空を眺めて、そんな事を思った。
私の隣にはとても気だるげに腰を下ろしている人がいる。
言葉は、交わされない。
何も無い空間。『無』の世界。
景吾は何を見つめているのだろう。否、何も映していないのかもしれない。
私の瞳には、青い空。そして貴方。
でも、景吾の瞳の中に私はいない。
存在しない。






な               ぜ     と、聞いてしまいたい。

私は口を開く。
音の無い言葉は宙を舞う。空気は震えることなく空ぶった。





そうよ、聞いても無駄だもの。
第一、この人に何かを「求める」なんて、間違っているのだから。
付かず、離れず、干渉せず。
そんなうざったくない関係が貴方と私の「ルール」なのだから。











「くだらない。」
ポツリ。と、私は呟いて景吾の膝へと頭を乗せる。
その行動に景吾は少し顔をしかめて「どけよ。」と短い一言を私に浴びせた。
けどね、今はそんな気分じゃないの。
私は少し身体を反転させて不機嫌な貴方の瞳を、射た。
言葉は交わされない。睨み、睨まれつつ。
そうして私はまた景吾から視線を外す。










私の視界に入る大きな角張った手へ、私の指を伸ばす。
触れて、絡ませて、瞳を閉じる。


「一体誰がルールなんて作ったんだろう。」
独り言の様に、別に誰かに言う事無く私は呟いた。
だって何で何処かしこにも制約がついてまわるの?
学校には校則。国には法律。
私の周りには何処かしこにも五月蝿いルールで一杯だ。

しかも私が同意したわけではないのにそんな規則は決まっちゃってるし。
守らなかったら、罰則ときた。
終いには「警察署」というそれこそ規則に固められた
頭の硬い人達を相手にしなければならないし。
「裁判所」では厚くて重い何百条もの国の決まりごとを頭に叩き込んだ裁判官を相手に闘わなければならない。
しかも、自分を守ってくれるのは見ず知らずの血も繋がっていない
他人ときたからこりゃまた滑稽だ。



そんな話を以前貴方に話したら

「信頼さえも金で買える世の中だからな。」と、言われた。
金持ちの彼の言葉は、妙に説得力があったのを覚えている。

金を代償に自分の未来の可能性と自由を他人に預けるなんて
馬鹿だと、私は思うのだけど?                    
でも
大人は「それじゃ自分で弁護してみる?」「こういうのは専門知識を持った人に任せるのが得策なんだよ。」
と、また頭の固い答を返させる。



安心       だって?

はっ、どこが。
結局は信じられるのは自分だけだし。相手は所詮ビジネス。
お金の為、自分を養っていくため。
決して正義とか、私の為じゃぁないんだから。

そんな人に自分の人生を託すなんて。
でもサ、そんな事を言っても仕方のないこと。
だってそれこそここの「ルール」なのだから。
















「重いなァ。」














なんだか気だるい。身体がだるい。
変な事で頭を使ってしまっただろうか。
私は起きあがり、空を仰ぐ。

「なにがだよ。」
珍しく、景吾が問うてきたから少々驚きつつも視線を横にずらした。
まっすぐで、茶色の瞳。
その瞳の中には、今、私が存在している。

それをほんのり嬉しく感じて、私は口を開いた。
「私を取り巻いてるモノ。まわりにあるモノ。それが重いなって。」
「だから“モノ”ってなんだよ。」
「以前景吾にも話したよね。ルールの話。
私なんにも考えないで暮らしちゃってるけど、それって依存してるってことじゃない?
どっぷり浸かってるみたいでなんか嫌。」
「仕方ねぇだろ。何言ってんだ、お前。」
そんな事分かってる。かんがえたって仕方の無い事は十分承知。
それでも考えてしまうのは景吾が隣にいるからだというのに。






そんな事には、気づかないのね。分からないのね。










「なんで規則なんて作るんだろう。
それこそうざいぐらい沢山さ。どうせ皆守らないのに。」
「保険だろ。」
「ほけん?」
「作っとけば何か面倒くせぇことになった時にムショにぶち込んで済むから簡単だろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか景吾の言ってる事はもっともだけど聞いててムカツク。」
「あ?」
「規則なんて、破る為にあんだよ。この頃本当にそう思う。」
「じゃぁお前だけがそう思っておけば良いだろ。」
「う・・・・わ・・・・、ひど。」
少し睨んで私は口を尖らせた。
そんなやりとりを交わしていても、心の中に渦巻くのは“虚空”
なんだか寂しい…。そんな気持ちだ。
「きっとさぁ、人間て弱いんだよ。弱いから不安なんだよ。
不安になった分だけどんどんルールが増えていくの。」
そう言って私は自分の膝小僧を引き寄せる。
「規則は不安の数を表わしてんの。でも、そのうち本当に埋まっちゃったら。
今でも無意識でルールって言う網の中に住んでるのに           
押しつぶされちゃいそうで、なんか恐い。」                   
ギュウ。と、私は自分の身体を小さくしぼめて膝を力いっぱい抱き締めた。
不意に景吾の視線を感じたから。私は横を向く。

「あ・・・・・あれ。私何言ってるんだろ。
ごめん、おかしいや。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


なんか、分からなくなった。」




何だろう。とても泣きたくなって。でもそんなのは不自然だから。
だから笑ったら景吾は険しい顔をした。
その顔を見て、ビクリと身体と心が震える。
腕を強引につかめれて引き寄せられた。
いつもその行為は突然で。今回もキスされるのかと思ったけど。
唇は触れ合う事は無く。
その代わりにポスリと身体を抱き締められた。


「・・・・っ・・・・??・・・・・・・・?」

思いがけなくて、彼にしてみればらしくない行動に私は混乱した。
疑問符を浮かばせながら、固まる。
そんな私に頭上から降り注がれる声が聞こえた。





「今日は、優しくしてやるよ。」
その言葉だけが、耳に残った。
ぶっきらぼうで、短くて。それでも、




私を抱き締める腕は温かい。













「プッ…・・・・くすくす・・・・。」
「何がおかしい。」
「だって景吾らしくないんだもん。“優しくしてやる。”だって?」
それでも伝わってくる体温が気持ち良いから腕を伸ばして抱き締めた。
景吾は何も言わず私を抱き締めるだけ。
それでも、素直でない優しさは伝わってくる。
「別にここで押し倒しても構わないけどな。」
「やだよ、折角景吾が優しくしてくれるのにもったいない。」
そうして私はまたくすくすと笑いをこぼす。
景吾の腕に顔を静めて、スゥと目を細めた。
















「私も・・・・同じだ。」
















ポツリと呟かれた一言。
その一言を聞いて景吾の雰囲気が少し変わったのが分かった。
「今度は何だ。」
私に問うその声は、眩暈がするほど綺麗だ。
少し低めで、その声だけで幾人の女を落としてきたのか。
そうやって、景吾は私を翻弄する。











私は、弱い生き物だ。
規則だなんだと言っても、やはり私はどこかで求めている。








縛られる事を。









だって、不安なんだもの。
貴方という鎖で繋がれて無いと、不安なの。
抱きしてめいて。離さないで。








その声で、私の名前を・…呼んで?












握る服に力をこめる。
唇が、少し震える。
「私は、弱い。私も所詮ルールの中でしか生きられない。
繋がれてないと、縛られてないと、不安でたまらない。
どうにかなってしまいそう。」
ただただ台詞の如く言葉を並べる。
私の気持ちは景吾に伝わってるのだろうか。









景吾は私から身体を少し離すと私の頬を撫でた。
伏目がちに私を見る瞳はどこか色気を秘めている。
長い睫毛が綺麗な瞳に影を落とす。

その唇が、言葉をなぞる。








「お前は、俺の網にだけかかっていれば良い。」
「?」
「分かんねぇのか?この阿呆。」
「アホとはなんだ、失礼な。」
むっとして反撃したら景吾はゆっくりと唇の端を上げる。
意地が悪げに、でも楽しそうに貴方は笑う。



「お前は縛られたいんだろ?
             だったら、縛られとけ。」





耳に寄せられる吐息まじりの声。
その声に身体が熱くなった。












縛られる・・・?
景吾という網で私は縛られる?
否、縛られてる?



だって仕方ないじゃない。
私を抱き締めるこの腕はやがて離れてしまう。
時が経てば、貴方は家路に帰り、その日を終える。
私だって同じ。
繋がれる事は、叶わない。
それでも願ってしまうのは










何故?




















そんな事を考えたから、私は自嘲気味に嗤った。
「私が景吾のルールで生きろっていうの?」
「そうだ。」
「そんな事言っても、無理だよ。」
「あ?」
「だって私と貴方は一つの「ルール」の中で生きているから。
新たな規則の中では生きられない。」
「・・・・・・・・。」




そりゃぁね、叶うことならずっと貴方の腕の中にいたいよ。
でも、そんなの絶対無理だし。
考えると悲しくなるから。













私は突然現実の世界に戻って、ふ…と、ため息をつく。
考えたって仕方ない。
「今」を生きている私には選択はないのだから。
「今」を規則にしたがって生きる。
それしか、方法はないのだから。



「もぅ、行こうか。きっと侑士も待ってるし。」

   
 










別段、意味もなく言った言葉だった。
こんなつまらない話に付き合わせてしまった事を少しだけ申し訳なく思って。
話の区切りをつけるために、言った一言だった。
でも
ふと、視線を感じて目線を上げる。
そうしたら、とても不機嫌そうな景吾の瞳とぶつかった。





「・・・・・・・お前、いつから侑士と名前で呼び合える仲になったんだ?」
「?」
「随分、仲が良いな。」

その声は、言って見れば氷のよう。
優しさも、思いやりも、何も。
何も、含まれていないの。


「・・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・。」




ま     ず     い



本能的に、感じる。怒りを、感じる。
だから、反射的に身体を離した。



それでも、私の腕は掴まれる。
抵抗は、許されない。
そう、言っているように聞こえた。













そうして、景吾は強引に私の唇を奪った。
「・・・・・ふっ・・・・・い・・・・・やっ・・・・!!」
強い力で押しつけられるような感覚。
口をこじ開けられ、柔らかな舌が滑り込む。
景吾は構わず私を犯す。




いくら好きな人でもこんなやり方は嫌だ。
いつも、景吾はそう。
強引に、気まぐれに、私を奪う。
そして私は流される。
感情を押さえつけられて、身体を奪われる。
それが


とても気持ち悪い。


















「・・・・・ん・・・・んぅ・・・・・・。」
大きな手が私の頭をつかむ。角張った男の人特有の指が私の髪を絡ませる。
ゆっくりと、けれど激しく舌は動かされる。
身体が、熱い。






私は拒めないのだ。
それはきっと私が弱いから。
景吾に求められる事に何処かで快感を感じているから。
求められる事。



それは悦楽の世界。






強い感情を与えられるたびに
理性を失うぐらい私が欲しいのか。
と、考える。
勝手に考えて、私は満足する。



だから私は結局最後の最後で受けていれてしまう。











それが、私の望み?











それを、貴方は気づいているの?























跡部ビジョンも、追ってみる?

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