― 好きな匂い ―
深い眠りから目を覚ました後の不快感が嫌いだ
まだお風呂も入っていないしご飯も食べていないし
第一まだ寝るには早すぎる。何ぐっすり夜中のように寝てるんだ。
そんな睡眠の後の時間はいつも決まって酷く不快なものとなる。
ねっとりと甘ったるいような思い自分の体臭が嫌い。
身体があったまるかどうかしらないが、ふとした瞬間鼻につく。
犬とか猫とかの寝顔を見ながら毛皮を触るといつもなら気にしないような獣の臭いがするのと同じように。
それでも犬猫の臭いは気にならないのに、何故だか自分の体臭には我慢ならないのだ。
「(………………しまった…)」
むくりと柔らかな羽毛の中で目を覚まして胸中で舌打ちをする。
重たい身体を持ちあげて、まどろむ意識のなか視線を上に上げる。
天蓋付きのベット。
あろうことか私は彼氏の家に来たくせに寝こけてしまったらしい。
サイテーだ、私。
のそのそと置きあがると、ふわりと足の裏に絨毯の柔らかな感触がした。
私はそうして自分を現実の世界へと引き戻して足を進める。
ぺてぺてと絨毯を踏みしめて扉を開けて、今度はぺたぺたと冷たい廊下の上を歩いた。
「(ホント、広い家だなぁ…)」
最初の頃、よく迷ってしまって焦ったのを覚えている。
風を緩やかに切って歩いているので、ふと臭いが気になった。
「(くそ…本当にサイテー)」
くんと臭いをかいできしりと奥歯を噛み締めた。
跡部の家に来ることなんて別に珍しくないけど寝てしまったのは失態だった。
もっと寝るよりほかにやることがあるだろうに…
「(や、別にヤりたいとかそういうんじゃないけど)」
私は淡白だからそういうのよく分からない。
相手が欲しい、だの。
体温を感じたい、だの。
考えた事一度もない。
別にわざわざ服を脱いで肌を触れ合わせなくても、服という壁があっても、くっついて一緒にほんわかするのが好きなのだ。
ぼーっとするので私は充分満たされる。
付き合って分かった事だが、跡部も決してがっついてる訳ではない。
付き合う前色々な浮世の噂を聞いたけれど、ぶっちゃけ奴も淡白だ。
青春まったらだかなくせに性についてはほとんど興味を持たない。
けれど、時々甘えるように手を伸ばしてくることがある。
だからそんな時は逆らわずに口付けを交わすのだ。
ぎィ…
茶色の綺麗に彫られた扉を開けると、遠いソファに腰掛けて跡部は本を読んでいた(ホントに広い部屋だ…)
「(エロい…)」
跡部は本を読む時眼鏡をかける。
私はそんな跡部の顔が好きで。
だから読書するときは決まって大人しくしている。
そうして時々彼の横顔を盗み見するのだ(ばれるけど)
眼鏡をかけた跡部はとても色っぽくて。
普通の女なら盛ってるところだろうに。
「起きたか。」
低い、心地よい声。
けれどこの声は私を抱く時少しかすれる事を私は知っている。
目線を外さずに跡部は私の気配を読んだらしい。
そうして、ゆっくりと視線を上げる。
フレームをはさんで茶色の瞳が見えた。
あぁ、とても綺麗。
けれどこの瞳は私を抱く時少し潤む事を私は知っている。
「……………ちっ、スリッパを履いて歩けって言っただろ。」
「あ、忘れた。」
また、だろうが。
そんな事を言って跡部は眼鏡を外した。
ふわりと髪の毛が揺れて、とても綺麗だ。
跡部は色々五月蝿い。
腹を出して寝るだの、冷えるから靴下履けだの。
スリッパだって、私が裸足でぺたぺた歩くからだ。
でもうち庶民だし…スリッパ履くとかいう習慣ないからなかなか馴染まないのよね。
けれどこれは私のことを思って言ってくれてるのが分かるから嬉しいのだ。
跡部は、自分の彼女のことをどう思っているのだろう。
彼の中での順位はどれほどのものなのか。
女のことなんて多分彼の頭の隅に追いやられてしまうに違いない。
私はソレを知っている。
そんな跡部が私の心配をしてくれるなんて、なんて幸せだろう。
ね、数%でも良いの。
私のことを考えてくれてるの?
「何ぼーっと突っ立ってんだ。」
「え。」
思いにふけっていたらしい。
跡部が眼鏡を取ったっていうのはもう本は読まない。
そんな証拠。
だから私は足を進めて隣ではなく足元に座った。
ソファを背もたれにして。
ちょこんと体育座りをしたら、それを跡部は見てまた眼鏡をかける。
どうやら"その気"はないらしい。
「今度は無理やりでも起こして。」
「あん?」
視線は本から外されない。
「なんで起こしてくれないの。」
「俺の勝手だろ。」
「(いや、起こしてよ…)」
そう。跡部は起こさない。
絶対起こさない。
何度言っても、起こさない(くどい)
まるでその事に無関心かのように部屋を出ていって、こんな風に本を読んだりぶらぶらしたりしている。
そうして私は決まって起きた後に後悔するのだ。
「(新手のいぢめだわ…)」
なんだかそれがほったらかしにされているような気がして。
冷めてしまったのかと色々考えたりして不安で。
「あー、それは、あれやな。」
「なに、あれって(汗)」
「自分がいつも眼鏡顔を盗み見するように跡部も盗み見してたんやろ。」
「そーゆーキャラじゃないじゃん(滝汗)」
「いや、案外可愛いやつやで?あいつ(にやり)」
ちょっと。何を知ってるのさ。
なんだか嫌そうな困ったような顔をしたら侑士は私の心情を読んだようにくすりと笑った。
黒目の瞳が細められて、ゆっくりと笑う。
「もしくは、起こしたくなかった…とかな?」
目線を外してぎしりと椅子を鳴らした。
身体を後ろに倒したから木がきしむ音がする。
私は侑士の言っている意味が分からなくて首をかしげる。
「気持ち良さそうに寝てたんやないの?」
に。と、笑って視線を私に戻した。
*
*
*
「それこそ、キャラじゃないじゃない。」
「あ?」
ぽつりと言った言葉を口にしてしまったらしい。
跡部は少し私に視線を向けた。
「あ、違う。ごめん。」
「なんなんだ。」
「いやー、暇でさ。」
「寝ろ。」
「(また!?)」
胸中の言葉を表情に出したのが分かったのか、跡部はしばらく私を見た後、手を伸ばした。
「!?」
なでなで。
と、頭を撫でられる。
「(な、なに!!?)」
こんな時決まって私は戸惑うかおろおろするかしまいには硬直する。
跡部は私の心を知ってか知らずかいつも彼に似合わない行動に移る。
その時
ふわりとまた
匂った
「ねぇ、シャワー貸して。」
跡部は一瞬だけ目を見張って、そうして止まる。
「?跡部?」
そうして、にやりと笑った。
「(ゲ)」
「なんだ、てめーしたかったか?」
「は!?ち、違う!!!」
「違わねぇだろ。」
「そういう意味で言ったんじゃないし!!!」
にやにやと嫌な笑いをする跡部に対して焦った私は立ちあがった。
「嫌なの!起きた後の自分の臭いがするのが気持ち悪いんだってば!!!」
跡部は、しばらく「ふぅん?」みたいな顔をして、私を見つめる。
人形みたいに綺麗な顔に、表情が現れた。
「っ!」
にィ。と、彼は妖艶に微笑んだからだ。
こんな時の跡部はろくなことを考えてなぃ。
ぐいと手首をひっぱられて、引き寄せられた。
一気に距離が縮む。
鼓動が早くなる。
私は跡部の膝の上に座って向かい合う形になった。
「やだ!離してよ!!」
「オイ、てめぇ…何逃げようとしてんだ(あーん?)」
頬に怒りのマークをつけて、ぎ…ぎ…ぎ…と身体をのけ反らせて逃げようと私の腰をしっかりと掴む。
強い力だ。逃げられない。
しばらく抵抗したが、息が切れて力を抜いた。
「…………くそ…なんて力してんのよ。痛いし。」
「現役運動部をなめんなよ?」
に。と、まるで面白いおもちゃを見つけたような顔をして。
すっかり悪戯猫に捕まってしまったらしい。
でも!!!嫌なんだって!!!!!!
「っ!」
ぐいと力を加えたら跡部が少しひるんだ。
その隙に逃げようとしたら、首根っこを掴むかのように首の後ろに回した指がくいこんだ。
「い……たぁ…。」
「………………。」
「嫌だ…離して。」
跡部の瞳は私から離されることはなくて。
しばらく跡部の表情が消えた。
そうして、彼はゆっくりと目を細める。
悪戯に笑うのではなく、微笑んだ。
「お前…それベットの中の台詞だぞ。」
「!!!!」
かぁ!と、身体が熱くなるのが分かった。
その時の出来事が鮮明に思い出されて熱くなる。
「なんだ、思い出したのか?やらしい奴。」
くく…と、喉を鳴らしたので、ぎっ!と、瞳をきつくした。
それでも跡部の瞳の色は変らない。
そうして、私の手首を取ると指の関節のあたりに口付けをした。
不覚だ。
湿った跡部の唇を肌に直接触れただけで
心臓をわしずかみされたような気持ちになる。
「シャワーは禁止だ。」
「らしくないことしないで。」
軽く瞳を閉じて、睫毛が揺れていた。
それを知らず知らずのうちに息が切れているのを気付かないふりをして見つめて。
そうして、その瞳が私の声でゆっくりとあらわになる。
跡部は私に口付けたまま視線だけ上にあげる。
そうして嗤う。
鮮やかに。
「良いんだよ。寝起きのお前の匂いは気に入ってる。」
それを聞いて、目を見開いた。
嗚呼、もう。
私はすっかり彼の虜なのだと悟ってしまった。
【 俺色に全てを染めてやるよ 】
return