― 永久なる時を二人で ―
冷たくて固い床の感触で目を覚ました。ソコはあまりにも寒かったから、身震いをする。
吐く息は、白い。
白煙は闇に溶け込むが如く淡く光った。
どこだ、ここは・・・
呟きそうになる言葉を飲み込む。
なぜ、なら。動こうと思ったからだが異様に重かったからだ。
ジ ャ ラ ン
それもそのはず、亜久津の足には鉄の輪がはめられていた。
鎖の跡をたどると鉄格子にしっかりと絡められている。
自分の置かれている状況に付いてゆけずに顔をしかめた。
ただ一つ分かる事。それは――
ここが囲われた檻だという事だ。
古びた時代遅れのカンテラが天上からぶら下がり、明かりを照らす。
少し頼りない光はあまりにも弱い。
亜久津の小さな鉄の檻の周りを照らすのにやっとの程。
「やっと起きた。」
誰もいないと思っていたから、不覚にも身体をビクリと震わせる。
その行動を視て、"人物"はクスリと笑いをこぼす。
その態度にムッとした亜久津の機嫌は更に悪くなる。
「・・・・・・・・・・んだ、てめぇ・・・。」
目の前の鉄格子の"外"に、自分に背を向けるが如くよりかかっている奴がいた。
黒い、軍隊のような服装。
つばのついた帽子をかぶっているので顔は読み取れない。
しかし、言葉の質からして男のもの―――だと思う。
後姿は背が小さくて、とてもきゃしゃだ。
一瞬女と見間違う。
「・・・・・誰だ。」
「俺は、門番。」
低く唸るように睨みつけたら、笑いの含んだような声で"門番"は答えた。
「一体どういうことだ?」
「どういう事もこういう事も、ありのままの状況を受け入れたら?」
「ざけんなよ。」
「鍵を探してるの?」
「?」
「だったら見つければ良いじゃない?(微笑)」
「お前が持ってるんだろ?」
「さァ、探してみる価値はあると思うよ。」
釈然としなかったが、いわれるままに探してみることにした。
暗いので、手探りで。
その間も"門番"にも警戒を怠らなかったが、動く気配はないらしく、鉄格子に身体を預けたまま。
だが
鍵は何時までも見つからない。
しびれをきらした亜久津は"門番"に向かって吠える。
「・・・・・・・だましやがったな。」
「探し方が足りないんだよ。」
カッとして亜久津は勢いよく立ちあがった。
ジャラッ・・・
鎖が予想以上に重くてひるんだが、歩を進める。
鉄格子の間から手を伸ばすと"門番"の肩を掴んだ。
ぐいとこちらに向かせて胸ぐらを掴む。
「・・・・・・・・・・ドタマかちわんぞ?」
つばで表情は分からない。振り向かせて、近づいて分かった事だが髪の色は橙だった。
亜久津には・・・一瞬太陽の色に似ていると思った。
それはまるで暗闇にさしこむ光のように。
ニィ・・・と、唇が上げられて門番は嗤った。
刹那訪れるゾクリとした悪寒。
太陽だなんて、とんでもない。
スゥと手を伸ばすと、胸ぐらを掴んでいる亜久津の手首に優しく触れた。
「分かってないのはお前のほうだよ。」
「なに?」
ギシリ
細い腕とは思えないほどの力が込められて顔をしかめる。
掴まれた手首が痛い。込められた力には酷く容赦がなかった。
「・・・・・・・・・・っ・・・・・・。」
「痛い?」
クス。と、楽しむかのように笑う。
唇だけしか見えないのが一層恐怖を増せた。
あいた方の手が上げられて、スゥ・・・と人差し指が向けられた。
向き先は、亜久津の胸。
「?」
「いつも亜久津は気付かない。いや、気付かないフリをしてるだけ?」
「どういう・・・。」
意味だ。と、尋ねようとした。
けれどそれよりも先に"門番"は言う。
「鍵はいつもそこにあるのに。」
言葉に、は・・・として自分の胸元を見ると鍵がかけられている。
銀の鍵はキラリと光る。カンテラの光が優しく照らした。
馬鹿な。さっきはなかったはずだ。
それとも俺が見落としただけか?
そんなはずはない。
いや、それよりもこの男。
どこかでみたような気がするのだが。
「お前は・・・。」
一体誰だ?
門番は、フ・・・と微笑む。
つばの下から瞳が見えた。
射るかのような、冷たいような、企んでいるような、笑っているような
不思議な色。
"門番"は口元を吊り上げる。
片手が伸びて、つぅと人差し指の先が亜久津の喉仏をなぞった。
ガンッ!!
「・・・・・・・・っ痛・・・・・・!」
鋭い音が耳に入り、身体に走る痛み。
そこで初めて自分が胸ぐらを掴まれて引き寄せられたのだと知る。
鉄格子の壁にはざまれて、二人の身体は触れあうことはない。
それでも、"門番"は甘く優しく、誘うように亜久津の耳に囁いた。
「お前は逃げてるだけだよ、亜久津。
鍵が見つけられないんじゃない、心を閉ざしているのは亜久津自身なのだから。」
「・・・・・・・・・・。」
ひやりと冷たい汗が頬を伝う。
本能的に、諭す。
コイツは ヤバイ
逃げ出したくなる衝動は、自分のプライドと自尊心によってやっと止められた。
「そんなに俺と向き合うのが恐いわけ?」
「・・・・・・・どういう・・・。」
「いつも心を閉ざしているから、俺自身さえも受けつけない?」
「・・・・・・・・・帽子で顔が見えねーんだよ。」
つばの下で目だけが楽しげに光る。
表情は見えない。
不敵に笑う唇だけがよく映えた。
「へりくつばっかり。」
そう言うと、瞳を細めて胸ぐらをつかんでいた左手を遠ざけた。
その手はそのまま上へと上がって、帽子のつばへと。
口元は微笑の形をかたどったまま
つば付き帽子はふわりと浮かんで、そしてぱさりと音を立てて落ちる。
冷たい床の上に同化するが如く黒い帽子は落ちた。
橙色の髪があわらになる。
暗いこの場所ではその色はあまりにも眩しすぎて。
意志の強い妖しい瞳がまっすぐ楽しげに亜久津を見た。
亜久津は目を見開く。
その男の名前を、知っていたから。
********
***
*
「はい。」
は、とした。
目の前には千石が亜久津に向かってしゃがんでいて。
指には煙草。
オレンジがかる瞳は亜久津をまっすぐ見ている。
口元には、優しい微笑み。
未だ覚めぬ夢に、鼓動が速くなる。
否、あんな生々しい夢が夢と言えるだろうか。
あの冷たい床も、固い感触も。
いやに重い鎖も。
全てが現実のように思えたから。
鼓動が速い。
全身の汗腺から汗がふきだす。
瞳孔が開いたままの亜久津を見て、千石は首をかしげた。
「煙草、要らないの?」
「いや・・・もらう。」
とりあえず、気を落ち着けなければ。
そう思って煙草を受け取った。
肺に入ってくる心地よい煙に身を任せた。
少し落ちつく。
けれど、冷静になればなる程ぞっとしてしまう。
あの門番の顔
思い出して、またひやりと汗が冷めるのを感じたから忘れることにした。
きっと忘れやしないけど。
「突然ぼ――っとしてたよ?」
目の前の千石は足を投げ出して屋上の風に髪を揺らす。
亜久津が今見ているのは横顔。
"門番"とは似ても似つかないほど穏やかだ。
「・・・・・・・・・・・・寝てたか?」
「ううん、ぼ――っとしてただけ。」
「・・・・・・そうか。」
「ついにヤクにでも手を出した?」
「ちげぇ!!」
真顔で問うてくる千石に思わず反論した。
千石は笑う。
その笑顔も"門番"とは全然繋がりは見えない。
「白昼夢でも見たんじゃないのー?」
ケラケラと、千石は楽しげに笑った。
白昼夢、確かに。
「そんなもんで終わったらどんなに良いか分かりゃしねー。」
「そんなに悪夢だったの?」
「・・・・・・・・・・まぁな。」
「どんな?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あーやーしーいー。」
言える訳がない。むしろ言ったら逆に恐い。
そう亜久津は思ったから口を噤んだ。
「あーくーつーぅー?」
「(ギク)」
身体を乗り出した千石は、足を投げ出して座ってる亜久津に四つんばいで近づくと、膝を挟むように両腕をついた。
そのまま、上を見上げる。
悪戯に光る榛の色。
「教えて?」
にっこりと笑うその様はまさに子悪魔そのもので。
亜久津はフイと目を反らすしかない。
「泣かすぞ・・・?(ボソ)」
「――――――――っっ!!」
それでも亜久津は口を開かない。
目を反らしたまま頬に冷や汗を垂らす。
そんな亜久津の顔を千石は、じぃ、と見た。
・・・・・・
・・・・・・
長い長い沈黙だ。お互いに口を開かない。
「・・・・・・・・なんだ、今日は強情だね。」
言うと、クスと息をもらす。
そこでやっと亜久津はそろりと千石を見る。
「そこまで言いたくないなら、聞かない。」
はっきりと言うと、笑った。
少しほっとしたのも束の間、千石は身体の全体重を亜久津にかける。
「っ!?」
当然、背中は床に打ちつけられた。
冷たい温度は
凄く似ている。
そして見下ろしている千石の表情も
酷く似ていた。
「ところでさー、話変わるんだけど。」
「なんの真似だ、てめぇ。」
「今日こそ・・・いい?」
目をうっすら細めて言った。
顔に似合わないぐらい不敵に笑う。
「俺の上からどかねぇと、ドタマかちわんぞ。」
「そいつぁこわい。でもどかない(にっこり)」
にっこり笑顔。
「だぁって今日の為に俺色々勉強したのに――。」
「(なんのだ―――――――――!!!!)」
おもわずつっこみ。いや、つっこみをしないと自分の身が危ない。
けれども一瞬顔を恐怖に歪めたものの直にそれを隠して睨みつけた。
可愛い顔。無垢で、純粋で。
何が・・・・・清純なんだよ。畜生。
「お前に乗っかれるなんて冗談じゃねーぞ。」
「じゃ、亜久津が俺の上に乗ってくれるわけ?」
それは大歓迎。
にやりと笑う千石に、亜久津はひきつる。
「くだらねー。」
そう言い放つと、千石の身体を押した。
華奢な身体は逆らうことなく後ろへ下がる。
・・・・・・・・・細ぇ・・・つーか、弱ぇ・・・
これだけで判断すると、時折込められる力は想像できない。
押さえ込めば簡単にに押し倒される躯。
それは時に強く鋼のようになり。
それは時に酷くもろいものへと変わる。
亜久津が気圧される強い瞳。
抵抗を許さぬ鋭い瞳に捕らえられると指一つ動かせなくなる。
それを、この小さき男は知っている。
知っていて、いつも亜久津を追いつめるのだ。
亜久津は座ってへたり込んでいる千石に目をやらずに立ちあがるとドアへと向かう。
千石に、背を向ける。
背と背が合わさるかのようになって、距離だけが離れる。
千石が何処か遠くを視る。
瞳は、ぼぅっと何を見ているのか、表情は、ない。
置かれた人形の如く座っていた。
遠くを見つめる人形の口が動く。
ソレは
決して出る事のない言葉
けれど、千石は語る
唇が開かれ、音が紡がれる。
「ここの床の温度は、酷く似てるね?」
目を大きく見開いて亜久津は止まる。
足も、止まる。
頬に冷たい汗が伝うのを肌で感じてゆっくりと振り向いた。
振り返ると、千石も座ったまま肩越しに振り返っていて。
表情のない顔に色が成された。
亜久津と目があってしばし間をあけると、にっこりと笑った。
目をスゥと開けて、細める。
「おいで、俺の話を聞きたいでしょ?」
誘うように
そうしてこの男は口元を歪めるのだ。
「……………千石、俺は寝てたか?」
「ううん、ぼー―っとしてたよ?(にっこり)」
「何か聞いたか?」
「ううん、俺は何も見ていないし、聞いてない。」
にっこり笑った後、目を開ける。
薄く細く開けられた瞳は楽しむかのように亜久津を見ている。
何が
どこで
こじれ、交わっているのか。
今、二人の間には見えない糸がある。
細いのに、切れる事はない。
手放すか
だどりよせるか
逃げるか
受け入れるか
亜久津の今の表情に焦りは消えている。
どこか、悟ったような顔。
否、考える事を諦めたのかもしれない。
そこに立っているのはいつもの亜久津。
「馬鹿らしい。」
一言、言い放って今度こそ背を向けた。
千石はそんな亜久津の姿を見ても動じたりしない。
ひきとめも、しない。
だって分かっていたから。
予想通りの反応にくすりと笑いの息を漏らす。
そうして、目線を前に戻すと思いを巡らした。
何か手に入れられないものが自分の目の前に存在した時。
ひどく血が湧き出る瞬間がある。
試合の時の、臨場感のように。
緊張が張り詰めた中にひそむ好奇心。
勝利を手にした時の胸の高鳴り。
そんな感情を、亜久津に対して持つときがある。
彼が自分でない奴のそばで笑う姿は想像出来ないが、どこか穏やかな顔を見せたとしたら。
酷くいらつく自分がふと現れる。
雨の強い日、
濡れる毛を振るわせて見上げる猫を抱き上げて家に持ち帰る亜久津の後姿を見たとき
酷く満たされない自分に気がついた。
気がつかなければ良かった。
そうしたら、きっと楽だったはずだ。
亜久津ほど、好きになってやっかいな奴はいない。
そう思って苦笑した。
「……………疲れちゃった。」
ポソリと呟く。
もう帰ってこないかもしれない。
そんな事を思ったら少し悲しくなった。
しかし、その思考は直後大きく開く扉の音でかき消された。
「………っっ…?」
ビクリと音に驚いて振り向いたら、亜久津が立っていた。
「………ぇ…なに?」
「あ?お前こそなんだ。」
こめかみに不機嫌そうに皺を寄せると逆に尋ねる。
だって予想できなかったから。
「どうした。おかしな顔してんぞ?」
また、戻ってくるなんて――――
怪訝そうな顔で不思議そうに亜久津は千石に尋ねる。
千石は呆気にとられたまま動かない。
亜久津はそんな千石を軽く無視すると隣に座った。
当然のようにするその行為に、千石の胸は高鳴る。
カチリ
煙草を取り出し、火をつける。
香り慣れたマルボロの草の匂い。
紫煙を吹き出すと満足げにまた吸いこんだ。
千石はまだ呆けた顔で亜久津を見ている。
亜久津はそれをあまり良く思っていないのか、横目で嫌そうに睨んだ。
「……なんだ。」
「煙草買ってきたの?」
「あ?悪いかよ。」
「ううん、悪くない。」
言って、嬉しそうに笑うものだから、今度は亜久津が言葉を失った。
しばらくふかしていた煙草が、ス…と唇から離れる。
否、"取られた"
千石はそれをそのまま口へ持って行き、深く吸う。
「…………ちっ、欲しいなら言え。」
「ごめーん。」
ト…と、新しい煙草を箱から亜久津は取り出した。
平凡な日常。
変わらない生活。
こんな平和でつまらない"今"が、千石にとってはとても嬉しかった。
「聞かないの?」
「あ?」
「さっきの事。」
「興味ねぇ。」
「そ?」
「"門番"も"鉄格子"も俺の世界に関係ねーからな。」
まっすぐ前を見つめる亜久津を、千石は横目でちらりと見遣る。
「………ありがと。」
目を細めて、千石は微かに笑った。
「ねぇねぇ、今日ケーキを食べに行こうよ。」
「"狂甘竜"なら良いぜ。」
「ワォ、グルメだね。」
「お前のおごりな。」
「え゛ぇっっ!?」
思わず声を上げた千石に向かって、亜久津は「ばぁーか。」と言って、ふ…と、笑った。
それを見て、千石は一瞬止まる。
こんな些細な事で自分を喜ばせるなんて。
亜久津は大物で自分は酷く単純だ。
そう、思った。
嬉しくなりつつもそう思って笑った。
「後で身体で払ってくれるんならいーよ。」
「何っっ!!??」
「ふ…、もう前言撤回はなしだからねー。」
「(マジかよっっ!!!)」
しばらく良い子にしてたげる。
お前は俺を許したから。
自分の中で変わってゆく感情を
今は気付かないでいてあげる。
だけど
油断しちゃ駄目だよ?
誰の心にだって"闇"は存在するのだから。
今度はティーパーティにでも誘おうか。
それこそ迷路に迷い込んだアリスのように。
それこそ夢を見た
不思議の国のアリスのように。
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茉莉さぁ―――――ん、遅れてしまって本当に申し訳ありませんでした!!滝汗。
しかもちゃんと不思議になっていたか自分微妙ですが…
それでもゴクアク好き仲間として茉莉さんに捧げます!!
return
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