― 輪、廻されし時 ―



氷帝の図書館は大学並にでかい。
様々な種類の本が置いてある三階建てだ。
特に三階は難しい本が置かれているのであまり人はよりつかない。

ひっそりとした空間に、たたずむ女性徒がいた。
三階の奥の本棚。さらに難しそうな厚い本が書棚に並べられている。
この場所に明かりはない。あまりにも人が訪れないから。
大きな窓から差し込む光が書名を照らしている。

彼女の名前は
氷帝きっての秀才女。そして氷帝きっての地味女。
分厚い眼鏡をかけて髪は後ろで一つに結わく。テには分厚い英語の本。
これほどのアイテムが揃えばいう事はないだろう。


細い指がぺラリぺラリとページをめくる。
そうしてなにを思ったのか視線をあげると指を伸ばした。
しかし少し届かない。
秀才はしばし考える。
考えて、もうすこし手を伸ばした。

あとすこしというところまで震える指をのばしたが、その上を行く男の指がいとも簡単に本をとった。




「……・。」

はその指の後を追う。
いや、本を追ったのかもしれない。

しかしこの親切な男は本をに渡すことなく自分の手に収めるとパラリとページをめくった。


「……・・ダンテの神曲か?しかも英語版ときてやがる。」

空間にさす光が彼の茶色の髪と横顔を照らした。
ストレートの細い髪が艶めく。

「……・物好きな女。」


異様に整った顔立ち。
そそられる声。
目もとの泣き黒子がさらに色気を増させる。


パタムと本を閉じて榛の瞳がゆっくりとの方に向けられた。





彼の名は、跡部景吾。



氷帝一テニスの強い男。
氷帝の女性徒を骨抜きにする良い男。
性格の悪さも人一倍だがそれをフォローするほどかっこいい。

そんな肩書きをもつ男。
全く対照的なものをもつこの二人。











運命の糸は時に悪戯で。


そして時に思いもよらぬ方向へと進ませる。













くいとのあごを上にあげさせると自分の唇で唇を塞いだ。
は別段抵抗はしない。
自然の力になすがままに背を本棚に預けた。
目は薄く開いたまま。
死んだ魚のように。
なにも感じていない人形のように。


ふ…と舌はいれずに唇を離す。
くしゃりと髪の毛を手に絡ませると結われた髪の毛は肩にかかった。
はらはらと糸のように落ちる髪の毛を指にからませる。


空いた手の方の手で眼鏡を外した。
自分の前でしかみせることのない素顔を目の辺りにして
そうして、満足げに微笑む。








「…………・っっ…。」

ビクリとは身体を震わすとかすかに目を見開いた。
角張った指が自分の太股をはったから。

そこで初めて抵抗の意を表するかのように服をにぎりしめた。
少し力を強める。

その意味を感じ取ったのか、榛の瞳はの瞳を見つめた。
だけどすぐに意地が悪げに口端を吊り上げる。
ゆっくりと、形の良い唇を耳元に寄せて囁いた。


「………・構わないだろ?」

「………。」

「その真面目ぶった皮の下に淫らな女の顔があることを見せてやれよ。」

その声に、思わず瞳に色が浮かぶ。
怒りか、蔑みか、

とりあえず、今は死んだ魚でも人形でもない。


認めたくはなくても感情をふきこんだのは跡部景吾と言う男。
とても女癖が悪くていいかげんで

どうしようもない超俺様野郎のこの男。








抵抗は、しない。
だけれど瞳は赤く燃える。
口から出るのは
















呪いの言葉。













「………………・死んでしまえっっ…・!!!」

うめくように、睨みつけた。
そうしてわきを通り過ぎるようには走り去る。
それこそ髪止めと眼鏡を拾わずに。


パタパタという音を聞きながら一人残された。

けれど口元には微笑。
嬉しそうに彼は笑う。


何がおかしいのか。




否、嬉しいのかもしれない。































+++++++++



バタンッ!!
扉を鋭く開けられた音に、思わず身体をずり下ろしそうになった。
ソファにゆったりと身体を預けて足を投げ出すようにして侑士は座っていた。
本を胸に抱いて、目がねは少し下がっている。
それでも、とんでもなく黒髪の良い男。


そんな良い男の侑士はちらりと扉の前に立って息を切らしている人物を見る。







「なんや、今日は随分と美人さんやな。」

呟くように、を見て言う。
氷帝一時未な女性徒は、まるで魔法にかかったように。

素顔はいくつものアイテムによって隠してしまう。









侑士をみて、突っ立ったままのは泣きそうになりながらゆっくりとソファに近づく。
視線が交わる。



「………………・っ……・・ぅ。」



侑士の目の前に立つと崩れるように膝をついた。
髪がパサリと輪郭をなぞって流れ、表情を隠す。
だけどぽたぽたと床につくしみで、がどんな表情をしているのか容易に想像する事ができた。


侑士はゆっくり目を細めて。
小さくなっているの頭をなでた。






                                    
 私は一体あの人のなんなの?

「心配せんでも、は特別やって。」

                                     
じゃぁ、どうしてあんな風にしか扱わないの?


「跡部は人より不器用やから。分かってやってや。」

                                     
侑士はあの人の味方なの?


「そんな事言ってへん、せやけどお前ら二人はもっと別の道を歩むはずやで。」

                                    
 ………………・別れろってこと?


「違う。お互いをもっと見て見ぃや。答えはすぐそこにあるやろ?」

                                     
分からないよ。何を考えているかだなんて。









         
私の存在価値って…何?








涙に濡れる瞳が侑士を見据えた。
その目を受け止めて、腕をのばす。
指先で頬に伝う雫を拭う。



「綺麗な瞳やな。それがなんで涙で濡れてんねん。」

「………。」

「笑ったら、ええんよ。」

「できないよ。」



一言、言っては立ちあがる。
ごしと目をこすって前を向いた。


「ごめん。」

「えぇよ、何を謝る必要があんねん。」

ごしごしと目をこするに向かって「そんなにこすると兎になるで?」と、侑士は微笑んだ。

「こうしてみると綺麗なのにな。」

眼鏡をとって(否、取られた)髪をおろした(否、おろされた)は酷く綺麗だ。
相手があの跡部ならなおの事。


けれど、はぷるぷると首を振った。
本人が一番自分を認めていない。












 
混乱









          
不安








                      
焦燥
















そんな感情を全て捨てられたらどんなに楽だろうか。

いくら傷つけられてもは跡部から離れないのだから侑士は苦笑するしかない。




それは、絆かそれとも束縛か。









「もう行くね。」

「えぇんか?」

「一緒にいるところを他の人に見られたら侑士が迷惑する。」



別にえぇのに。
そう思ってまた苦笑した。


目の前にたたずむ少女を抱き締めるのは自分の役目ではない。
ただ一人の幼なじみ。
大事な妹分。
それが跡部の罠にはまった時はどんなに驚いたか。






「(というか、なんで跡部に目をつけらんか分からへん。)」

そりゃそうだ。
だっては入学当初から超!地味女だったのだから。

どういった経過で跡部とが出会ったのか。
そうしてどうしてそんな関係になってしまったのか。


跡部が結構面食い(腐るほど女が寄ってくるなら良い女の方がいいと思ってるらしい)なのが分かっていたからなおさら。
どうして素顔のに気付く事が出来たのか侑士でさえも謎である。








だけど今は









この二人の行く末を見守りたいと心から思うのだ。












氷帝一地味な女と


氷帝一良い男との








シンデレラストーリーを。




「嫌だな、図書館に行くの。」

「……・・図書館でなにかあったん?」

くす、と笑うとが固まった。
戸惑うように押し黙ると俯いてしまう。







「平気や、行っといで?(にっこり)」

「…………なんでそんな事わかるのよ。」

「だってエスパーやもん。」

「意味不明。」

ポツリと言った後少しためらいがちに教室を後にした。





次に視線を向けたのは、ソファの裏。
ちろりと冷たい視線を送る。

「………・・て、事ですけど?どーすんねんお前。」


嫌そうに顔をしかめて睨む。
声は少し低い。


声をかけられて主はひらりとソファをまたぐと、どかりと腰をおろした。
だんっ!と机に足をおく。

狭い所に押し込められていたので少し不機嫌なのは









まぎれもない



跡部景吾だ。




「何不機嫌になってんねん。かくまってやったやろ?」

「方法が方法なんだよ。」

「しょうがないやん。他に場所ないし。」






少し目を伏せみがちにしながらも何も語らない。

別に先をよんでここに来たわけではないのだがお互い行く場所が同じだったらしい。
鉢合わせても面倒くさいのでおとなしく侑士の言う事に従った。










                      私はなんの為に存在してるの?










切ないばかりのの声。
自分の前では人形のように動かない。
感情を見せるのは

肌を重ねる行為の時だけ。




疑問を思って泣くぐらいなら直接言えば良い。
そう思う。

けれど氷帝の王者は手放すことなんてしない。
かすかに見せる“顔”を垣間見た時、溜まらなく満たされる気になるから。
だからこそ手放したりしない。






ただの気まぐれだとか遊びとか










そんなのは何もわかっていない馬鹿な奴らに言わせておけばいい。






















誰にもこの男の思考なんぞわかりはしないのだ。
















「お前ら二人はなにもい言わへんからすれちがうねん。」

はぁ。と溜息を侑士はついた。

「文句があるなら俺に直接言えばいいだろうが。」

「言えへんから俺にいってんのやろ。」


それを聞いて口元をゆっくりと笑みの形にかたどった。
視線は侑士にむけない。

「……・それがどういう意味だかわかるか?」


とても嬉しそう、否、楽しそうに、ククッと喉を鳴らす。



「あいつが俺に直接言わないのは失うのが恐いからだ。」

「随分な自信やな。あんだけ泣かしといて。」

まがりなりにも自分の幼なじみを泣かされていい気はしない。
そこで初めて視線を侑士へと向けた。




星のような、瞳。






「………それしかアイツを留まらせる方法がねーんだよ。」

「…………・・。」






微笑が消える。
星が消えて闇になる。




























「………・侑士。」

「なんや。」

「俺は間違ってるか?」







榛の瞳はまっすぐ侑士を見ている。
見つめられて、侑士は何も答えられない。









お互いに傷つけあっているこの二人。
酷くもろい関係なのになかなか崩れない。
氷のガラスのようなものなのに。
どこかで固く繋がれている。




だから、侑士は見守るだけ。





例え腹立たしさを感じていても、傷つきながらもが望んでいるから。
























「どうしたら笑うのかさえも、分からない。」

「難儀な二人やな。」

「お前もそう思うか?」

ふ…と自嘲したように跡部は笑った。
崩れてしまいそうな微笑に侑士は困る。

「少し優しくしてやったらえーやん。」

「無駄だ。」

「無駄やないって。」

「仕方ねーよ。今までそういう事を思ったことはないんだからな。」


何度女の身体を抱いたのかわからない躯。
だけどその行為はいつも空虚なもので。

空気のように空ぶっていた。







どうしたら、だなんて。






そんな事はいつも考えていなかったから。










「……………・・めんどくせー。」

ポツリと呟く。





携帯を取り出してそのまま番号をピッピと押した。




の次にもう他の女や何てお盛んやな。だから嫌われるねん。」

「は?ばーか。ちげぇよ。」

「違うん?」

「お前と一緒にするんじゃねぇ。」

「(……全然説得力あらへん。)」

「……・・(ピッ)あぁ、俺だ。帰りにそっちによって行くからいつものやつ用意しとけ。」

「(いつものやつ?)」

ピッと電源を切った跡部に対して、侑士はしばし考える。

いつものやつって、なんだろう。





「跡部、いつものやつってなんやの?」

「………・。」

その言葉にぴくりと反応しつつもだんまりを決め込んだ跡部は視線だけを向けた。

「しらねぇ。」

「今いってたやん。」

「うるせぇ。」

「………………………………・ぁ、なるほど。」

「っ!?(なんで今の会話で分かるんだよ!)」

嫌に察しのいい侑士を、今回ばかりは本気で嫌になった。
侑士の口元が楽しそうに歪む。






「帝王跡部にしては随分マメなことするんやな。」

「勘違いするな。」




冷たく言い放って教室を後にする。
残されたのは侑士だけ。


本当に、なんて素直になれへんのやろ。



思ってしまう。良い方向に進めばいいのに、と、心から願う。















氷帝一地味な女    
氷帝一良い男      跡部景吾










この少し後に、跡部は図書館にいるを呼びとめる。
先ほどのことがあったから少し警戒する





一言二言呟いた。




ソレを聞いて目を丸くする

いつものように王者な態度をとる跡部。




そんな二人を見れるのはもう少し先の話。





放課後にケーキ屋に行くと言い放つ跡部様が見られるのは





もう少しだけ先の話だ。



































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ハッピーエンドで終了。
本当は絶対ありえない組合せ。大好きです。
現実の世界だったら羨ましがるか驚くかのこの二人の組み合わせ。
ちょー好き(宣言?)続編を書けたらいいなぁ。
素直になれない二人は可愛く思えてしまうのですね。


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