あれから1ヶ月、私は屋上に行ってない。
メールも、電話も無視して
もともと氷帝は広いし私達のクラスは離れているから会おうと思わなければ会うこともない。
けれど、私にとってはとても好都合だった。
顔を合わすのが嫌で
腹が立っている自分に嫌気がさして
自分がこんなにも侑士に惚れこんでいたとは気付きもしなかった。
私の知る侑士は動揺なんて見せたことがない
いつも余裕で
一体何時から私だけ一杯一杯になっていた?
ねぇ侑士
きっと今私に会ったら侑士の重みになってしまうよね。
「オイ。」
侑士とはまた違う心地よく響く声に私は引き戻された。
ふ・・・と、瞳を開けてちろりと下に目をやる。
さらさらの色素の薄い髪に整った顔。
跡部景吾
氷帝で最も有名な男
そして
侑士が一番興味を持っている男
「用がないなら帰れ。」
私は今机の上に腰を下ろしていて。
跡部はというと、私の隣で部誌を書いている。
「別に良いじゃん。邪魔してないし。」
「大いに邪魔なんだよ。」
大変不機嫌そうに跡部は額にしわを寄せた。
怒っていても跡部は綺麗だ
ふ・・・こんな事を思うなんてどうかしてる。
「部活がない日まで部長業とは感心ね。」
「当然だろ。」
はっ。と、笑うと跡部はまた部誌に目を向けた。
瞬間
ふわりと風が動く。
ド
ク
ン
私の身体が一気に冷えた気がして
私は目を大きく見開く。
ナンデ
跡部から侑士のつけるコロンの香りがするの?
本当は分かっているのに、脳が考える事を拒否している。
あぁもう。
なんでこんな事になっちゃったんだろう。
「ただ座ってんなら手伝え・・・。」
そう言って顔を上げた跡部が止まった。
表情が消え、軽く目を見張る。
そうして、訝りと心配の入り混じったような顔をした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・何も泣く事ねぇだろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・?」
指先で頬に触れるとはたはたと流れる水で指が濡れた。
そこで初めて自分が泣いているのだと気がつく。
どうして涙が出るのだろう
どうして私は泣いている?
表情の消えた顔から涙が出る様はまるで人形みたいだ
人工的に造られたモノは涙を流さない
ソレに涙を流させたみたいだ。
「・・・・は・・・・・・・・・はは。」
俯きかげんに顔を下に向けると止まらない涙が床へと落ちる。
キラキラと薄暗い部室にキラキラと光を反射させてきらめいた。
頬に不揃いの髪がかかって私の表情を隠す。
月のように吊り上げられた口元だけがあらわになった。
あァ、そう、か。
私は悲しいんだ。
まるで裏切られたような
傷つけられたような
侑士はここにはいないのに。
「お前どうかしてるぞ。」
「違いない。」
涙は止まらない。
止まらない理由は分かっている。
拭う事もせずに跡部に微笑みかけた。
跡部は私を見上げると、しばらく黙った後、手を伸ばした。
「跡部。」
「何だ。」
「私の涙を拭う優しさがあるなら私を抱いてよ。」
一瞬
時が止まったような気がした。
跡部は軽く目を見張って
そうして不敵に嗤った。
「良いのかよ、お前は侑士の女なんだろ?」
「良いんじゃない?」
即答したら、また跡部が言葉を失った。
あまりに私があっさり答えたから、逆に呆気にとられてしまったようだ。
「天下の跡部様もシスターを抱いたことはないでしょ。」
「そうだな。流石にねぇ。」
「だったら願ってもないチャンスじゃん。」
「誘ってんのかよ。」
「かもね。」
お互いの腹を探り合うように視線を外さない。
少しばかりの緊張感が二人の間で流れている。
不敵に笑う私と、同じく不敵に口元を吊り上げる跡部。
その跡部の唇が動いた。
薄暗い空間にまるで一筋の光がさすようだと思った。
彼は太陽と同じように人を惹きつけるくせに、月よりも輝いて美しく微笑む。
「良いぜ。抱いてやる。」
言ったら私の腕を強く引いて。
力に逆らう暇なく私の身体は横に倒れて跡部の膝に向かい合って座る形になった。
慣れているのか、そのまま自然な形で口付けられる。
畜生、やっぱり上手いな。
そんな事を思いながら望まれるままに舌をからめた。
きっと慣れていない子なら一瞬にして骨抜きにされるんだろうなとか考えながら。
しばらくした後、は・・・と唇が離れると透明の液が二人の唇をつなぐ。
帝王は、口端を吊り上げ、優雅に嗤う。
「随分慣れてるじゃねーか。」
「跡部もね。」
「シスターのする事かよ。」
それを言われて私の表情が消えた。
それを見て、跡部も表情を消す。
見据える私の瞳は氷のように冷たい
ソレは
いつも言われると腹立つ台詞。
だから笑う
氷のような微笑で。
「神は今でも信じているよ。裏切ったけどね。」
そう言い放って、跡部の首筋にカプリと噛みついた。
「・・・・・・っ・・・・・。」
跡部の躯がピクリと反応したけれど、そんな事かまいはしない。
跡部の指がするりと私の首の後ろに這わされる。
私はそのまま舌をつたわせた。
香るコロンの香り。
それが私をかの人を思い出させて酔わせる。
声も、身体も違うけれど
今はこの香と暖めてくれる腕があればそれで良いと本気で思った。
だってどうせ侑士は怒りはしないし
てゆか怒る権利さえないし。
目には目を。
歯には歯を。
そんなの私らしくなかったけれど、これは私なりの些細なし返しだったのかもしれない。
その時の私はまだ幼くて
否、侑士の心の内を全く読めていなかった。
其れ故の、過ちをおかしたんだと思う。
「・・・・・・・・・・あっ・・・・・。」
身体を離すと今度は跡部がシュルリと私のネクタイを取ってはだけた胸元に唇を落とした。
そのまま胸に触れられる。
自分の身体と吐息が段々と熱くなるのが感じられた。
「あと・・・べ・・・・・。跡部・・・・・。」
まるですがるように跡部の名を呼んだ。
触れられて、熱くなる。
目をつむれば
あの黒髪の男が私を抱く。
「・・・・・・・・・・・・はっ・・・・・・・・。」
はぁと熱い吐息を漏らした。
瞳を薄く開けると色素の薄い髪の毛が目に入った。
あァ、やぱり違うんだ。
違う人に私は抱かれる。
そんな事を思った。
それでも、跡部は綺麗だったから
こんな綺麗な人に抱いて貰えるのなら私は幸せだ。
「。」
「・・・・・・・・・・な・・に?」
名前を呼ばれて引き戻される。
跡部の声はとても心地良い。甘い声が私の名を換ぶのがとても心地良かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・侑士の名前で俺を呼んでも良いんだぜ?」
一気に頭が冷えた。
手にシャツを握りしめたまま顔を上げる。
大きく見開かれた瞳一杯に跡部がうつった。
跡部は妙に落ちついていて。否、落ちつきすぎていた。
この男は
なんの躊躇いも無しにそんな事を言う。
「何言ってんの?」
「お前の考えてることなんてお見通しなんだよ。」
目をゆっくり細めて跡部は言った。
薄いダークグレイの瞳は優しく私を見つめる。
ぎゅうと手に力をこめる。
どこまでこの男は見透かしているのだろう。
私が敵うわけなかったのだ
こんな良い男に。
「ヤだなァ、跡部が優しくて。」
するりとシャツに込めてる力を緩めた。
汗ばんだシャツから離れると、しわのついたシャツがくしゃりと音を成す。
もっと冷たい奴だったら
心おきなく抱いてもらえたのに。
この時私は自分がどんなに愚かで汚いやつなのか思い知った。
最初から跡部は私が跡部の後ろに誰を思い描いているか気付いていたんだと思ったら妙に切なくなった。
跡部の何も言わない優しさが痛かった。
自分が、惨めだった。
神に仕えるこの身は、すでにこんなにも汚れているのかと、そう、思ったんだ。
私は泣きそうになりながら微笑んで跡部の胸を押して身体を離した。
「やめた。」
にっこりと、跡部に笑いかけたら跡部は眉をひそめる。
「随分中途半端だな。」
「あはは、ごめんね。なんか萎えた。」
「それをお前が言うのかよ。」
「だね。誘ったのは私なのにね。」
「全くだ。責任取れ。」
「抜いて欲しいの?(マジ)」
「イヤ、止めろ。侑士に殺される。」
「・・・・・・・・。」
それを言われて、止まる。
それを見て、跡部も止まった。
「・・・・・・・・・・そう・・・かな。」
「あん?」
「侑士は怒ってくれるのかな。」
「怒るだろ。自分の女だぞ。」
「うん、だけど・・・私も侑士もちょっと違うし。」
「ああ?同姓愛好者だとしてもお前らは付き合ってんだろうが。」
それが真実だろ。
そんな事を言われてる気がして。
そんでもってはっと気がつく。
「・・・・・・・・・・・・・知ってたの?」
「まぁ。つーか、ばればれなんだよ。」
「あぁ、そっか。侑士跡部を狙ってるもんね(苦笑)」
「お前な・・・マジで止めろって彼氏に言っとけ。俺はノーマルなんだよ。」
「そういう私もレズだけど?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな。」
なんだか神妙に頷いた跡部が妙に新鮮で。
だからなんだかおかしくて笑った。
跡部はそんな私を釈然としない顔でただ見ている。
「あはは・・・・・・・もう、跡部には迷惑かけっぱなしだ。」
「全くだ。」
「ごめん。」
「だったら侑士をちゃんと捕まえとけ。俺が迷惑だ。」
「本当に・・・・・ごめん。」
視線を外して微笑む。
なんか泣きそうだ。
跡部はこんな良い奴なんて知りもしなかった。
刹那
くしゃりと髪にからまる指の感触。
顔を上げると不機嫌ぎみの跡部がいた。
「無理に笑うんじゃねーよ。」
「・・・・・・・・?」
「笑いたいときに笑うように、泣きたい時には泣けば良い。」
私の時間が止まる。
跡部の言葉がじんわりと私の心に広がった。
それは熱いものへと変わって泉へと変わる。
胸の奥から沸きあがる泉は水滴となって頬を伝った。
「跡部がもっと嫌な奴なら良かった。」
「・・・・・・・。」
「そしたら私は心おきなく跡部に抱かれてもらえたのに。」
「お前の中ではとっくのとうに答は出てんだろうが。」
「・・・・・・・。」
「だったらソレに素直になれば良い。それだけの事だろ?」
「・・・・・・・無理、だよ。」
「あァ?なんだソレ。」
「私達の関係はそんなに熱くない。」
そうだ。
だから重荷になる。
「私は・・・自分の気持ちを伝えるよりも捨てられる方が恐い。」
初めて他人に本音を言った。
「随分臆病だな。神の御使い様は。」
「神を信じるのは弱いからだよ。」
そうだ、人は弱い。
だから何かに助けを求めずにはいられない。
人は強いから
頬に伝う涙を拭わずに微笑んだ。
「おかしいよね。愛しているのに愛していないフリをしなきゃいけないなんて。」
心素直に久しぶりに笑えた気がした。
ずっと苦しかったものをはきださせてくれた気がした。
私は跡部の手を取って甲に口付ける。
「感謝します。あなたのもとに神のご加護がありますように。」
本当に心からそう思った。
跡部が神を信じるかどうか分からなかったけれど
跡部は表情に表す事はなかったが抵抗する事もなく受け入れてくれた。
それが彼の優しさだと思ってまた私は微笑んだ。
でも
私はその時自分の事で一杯一杯で気付かなかった。
ひたひたと、ゆっくりと、私に近づいてくる足音に。
それは
狂気と歪んだ愛情に見初められた男だったという事に。
扉の前で、ドアを開けることもせずにまっすぐに立っていた。
視線はまるで扉の向こうを見透かすように。
丸眼鏡のフィルターを通すその瞳は妙に冷めていて。
まるで悪魔に魂を売ったかのようだったのだ。
―――――――
ぎゃーす、また跡部良いとこどりだよ!
なんでだろう・・・彼への愛か、どうしても跡部をひいきしてしまう(駄目じゃん)
しかも侑士恐いし!!!(いやーん)
そろそろ裏っぽい所が出てくるかも・・・・
うーん、どうだろう・・・・。
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