私の恋人は浮気性だ。だけれどソレを責めたことは一度も、ナイ。
あまりに無意味だと気がついたからだ。
どう考えたって侑士の抱く女の子は綺麗だったし、私が到底及ぶものではなかったから。
侑士は決して私に触れようとはしなかったし、寝ようとしなかったけれど

あの眼鏡の奥に潜む感情の含まれない黒曜石は




私に対しては優しいものに変わっていたから




だから私はいつも誤魔化されていた様に感じていたのに











あえて気がつかないようにしていた。

















― 浮気と見ぬ振りの代償は ―















「早く別れれば良いだろ。」




私もそう思うよ。
だって侑士の一応「本妻」ってだけでいじめにあったり嫌味言われたりするんだからさ。
彼女達の気持ちが分からないほど私は馬鹿ではない。
だから何も言わずに受け入れてる。

傷だらけで学校に来た私はとても目立ってしまって
机の上に置いてある菊一杯で飾られた花瓶は私によく似合っていた。

後ろから小さく漏れる笑い声を横目でちらりと見たけど何も言わない。

溜息を付いて花瓶を持ち上げれると手首に熱い痛みが走る。
それでも弱みを見せることはこの世界では死を意味すると知っていたから、だから無表情で片付けた。


廊下で侑士に会って、包帯とバンドエードだらけの私を見て流石に「どうしたん?」と、聞かれた。


抑揚のない声。

香水の染みついたシャツ。

一応聞いてみただけで社交辞令がばればれなのよ。
違う香りの香水は凄く私の鼻についたけど(匂いのついた化粧品って嫌い。臭いんだもん)

だから言ってやった。

「なんでも?」

ソウ、笑ってやればいい。
そうすれば侑士は私の事を気にせずにまた次の女を抱けるのだ。





























「お前、馬鹿か。」


はっきりと、失礼千万の跡部は私にそう言い放った。
ちょっと、口が悪いわね。綺麗な顔が台無しよ?

「ええ、はい。どーせ私は馬に鹿です。」

だから私もいいかげんに答えてやる。
ちょっと目を細めて遠くを見た。

「あんなたらしの為に傷だらけになるなんざ信じられねぇ。」

「跡部が言うと全然説得力に欠けるところがうけるね。」

「あん?」

「跡部も侑士とおなじぐらい最低だもんねー。」

自分の男を最低と定義付ける私も私だ。
本当に大馬鹿なのかもしれない。

跡部は綺麗な顔を歪ませてひくりと頬を引きつらせる。

「言うようになったじゃねーか、てめーも。」

「ありがと。」

右手がずきずきしていたので湿布を貼り変える為に包帯をとく。
くるくるくる。
何故包帯は白なのだろう。

あまりに真白すぎて私には眩しい。

「ねぇ、今日樺地はいないの?」

「なんでだ。」

「利き手が右手だから包帯やりにくいのよね。いないの?」

「今日は休みだ。」

「ふーん。手伝う気は?」

「ねぇ(即答)」

「………。」

はっきりと拒否した非道で冷たいこの男を横目で睨みつつ、私は手当てを再開する。
最低だ。つーか、最悪。ジェントルマンのかけらもない。

だけど、跡部は実は優しい事を私は知ってる。

ジェントルマンじゃないと思いきや、じつはジェントルマンな所があるし(人によりけりだけど。奴は人を選ぶ。つまり私にはしない)、部長の仕事が忙しいのにこうして私の話に黙って付き合ってくれる。

イスに腰掛けるその姿でさえ、他の男とは違う器質がある。
貴族のような空気を持つ男。
侑士とはまた違った綺麗さを、跡部は持ってる。
侑士が「和」なら跡部は「洋」だ。
フランス貴族の末裔のような整った顔立ちに絶妙なボディバランス。
例え少しぐらい(私にはそうは思えない)悪くても女は快く足を広げるだろう。

この凄く綺麗な雄猫が、きまぐれに私の話を聞いてくれるというのだから、私は感謝しなければならない。






「包帯がむしろ黒だったら安心できたのに。」

「気持ち悪い事ぬかすな。」

「なんでよー(ぶー)」

「お前が言ってるのは飯が紫でルーが黒のカレーを食えって言ってるのと同じだぞ?」

「……それは厳しいね。」

「はっ、なんて的確な説明。俺は天才だな。」

「…………。」

ここでもし樺地がいたら確実に「なァ、樺地?」という台詞がもれなく付いてくる事間違いなしだったので、やっぱり休みで良かったと心から思った。

この性格がなきゃりゃ良い男なのにねぇ…。

「オイ、何考えてる。」

「いや、その性格どうにかしたほうが良いんじゃない?」

「ああ?俺は俺だろ。」

「いつか刺されるわよ。」

「その言葉、そっくりそのまま侑士に返してやれ。」

「ははっ、確かにそれは言えてる。」






        包帯がむしろ黒だったら安心出来たのに






さっきの私の台詞はマジだ。大マジだ。

白は純白で純粋。
「純」の言葉は 「穢れなきもの」 「真白な心」 「pure」



「私には…似合わないもんねぇ。」

眩しすぎる包帯を見て呟いた。

「汚いものをかくすんなら別に黒でもいーじゃん。」

「眩しいかよ。」

的確に人の心を読んで来る跡部を横目で見遣った。
目が、合う。

「眩しいねェ。」

苦笑した。










「汚いものを隠すからこそ、だろ?」





























じゃぁあんたはその汚物は私だって言いたいわけね?
































「侑士が私に触れないのはなんでだと思う?」

ふと、聞いてみたくなった。だから跡部に尋ねる。

「さぁな。あいつの事は俺もよくわからねぇ。」

「跡部にも?だったら私に分かるわけないじゃんね(苦笑)」

「だけどあいつはグルメだな。」

「何ソレ。」

聞き返したら、跡部の薄茶の瞳が私を捕らえた。
全てを見透かす様に、私をまっすぐ捕らえる。

少しだけ私の鼓動が早くなる。


「美味いもんは最後に取っておくタイプだ。」

「じゃァなに?世界中の女を食い尽くした後に私の所に来るって?さいてー。」

「なんだそのミラクルな例えは。」

「あァ、ごめん。ちょっと範囲が広すぎたね。「学校」にしたほうがいい?」

「(そういう問題じゃないだろ…)」

なんだかどうでもよくなった。
つまり侑士にとって、そんなに私はさして重要でないという事だ。
五月蝿くぎゃあぎゃあ言わないから私を側に置いておくだけだ。



深い理由なんて、ない。




ある意味そう捉えるほうが一番正しく楽なのかもしれない。


考えれば考えるほど惨めでそして切なくなる。



























「お前でも、そんな表情するんだな。」

ぽつりと言った跡部の言葉が鼓膜を響かしたから、私は顔を上げた。
端正な綺麗な顔は表情を作らず。
透き通った瞳は私を見ている。

「変な顔?」

「ああ、最大級に変な顔だ。」

「…………(怒)」

「そんな風に、切なげな顔をする時もあるんじゃねーか。」

「そりゃ…人間だから傷つきもするよ。」

「傷つくのは好きだからか?」

「はぁ?何今更なこといってんのよ。好きじゃなかったら黙ってぼこられたりしないし。」

いらいらしてしまった。
何を分かり切った事を。そう思ったから。


だからこそ




私は次に出た跡部の言葉に唖然とする。



















「お前は侑士の事をとっくのとうに諦めたのかと思ってたぜ。」









「…………は?」

「何をされても、言われても、興味を示さない様に無表情じゃねーか。」

「…………………それは…。」

「それは?言ってみろよ。」

「………………。」

「なんだ、いえねーのか?」

傷つくのが、恐い。
自己防衛だ。

認めてしまうのが、痛い。
自己制御だ。

醜くならない為に。
侑士に捨てられれない為に。


それは



「結局お前も侑士とやってることはさして変わりねーよ。」





ストレートに私の心に深く付き刺さる。






























変わらない?





























確かに、そうかもしれない。



























「なにも言い返せないのが痛いね。」

「ったく、何やってんだ。」

「だね。みっともない。侑士の事を疑問に思う資格さえない。」

「…………。」

「やっぱり跡部は凄いな。話して良かった。」

「当然だろ。俺を誰だと思ってやがる。」

「氷帝の跡部景吾。」

「わかってるじゃねーか。」

フンと鼻を鳴らしてそこで初めて跡部は笑う。
別にかわいげもない笑い方だけど、やっぱり跡部が笑い所を見るのは嬉しい。

だから私も笑う。

「ちゃんと笑えるじゃねぇか。」

跡部は満足げに微笑みの深さを増した。
その表情が人を嘲笑するものでなくて(彼の90%以上がその類だ)優しく人を気遣うものだったから、どくんと身体が熱くなった。

「このごろお前笑ってね―だろ。」

「そうだっけ。」

「そうだ。もう笑えなくなったのかと思ってたぜ。」

「…………いつからかな。侑士と付き合い始めてから?」

「やっぱり侑士はお前に一つも良いことを及ぼしてねーな。」

「何も言えませんよ、ほんとに。」

「そして傷つけられてもなお許してるてめぇは大馬鹿だ。」

「ふふっ、跡部の言葉は容赦ないなァ。」

素直に受け入れられる。
厳しい言葉は私を気遣う言葉。
跡部は不器用だからその優しさに気づく人間は少ない。
私もこの優しさに気付くのにだいぶ時間を要した。









「聞きたいことがある。」

「頬の筋肉が硬直してんじゃないかって?それは跡部でしょ。」

「(誰もんなこと聞いてねーよ、怒)……どうして侑士に言わない?」

「何を。」

「ぼこられてる事だよ。見るたんびに酷くなってんぞ?」

「そうなのよね。前も「侑士と別れてよっ!!」とか言って頬はたかれたしさぁ。女って恐いね。」

「(お前もその女だろ)」

「………………侑士には、内緒ね。」

右手の人差し指を立てて唇に当てた。
口元を笑みの形に象る。

白く手首に巻かれた包帯は薄桃色の唇によく栄えた。



「言わないのはお前なりのけじめかよ。」

はっ、と、息を吐く様にして跡部は嘲笑した。

「ソウ。私は気高くなきゃいけないの。」

「なんだその定理。」

「綺麗でも、可愛くもない。だから、わたしはいつでも気高くなきゃいけない。弱い私は見せたくない。」

唯一私の中で確立しているのがこの想い。
他の子達と姿形で張り合うなんて無駄。

ならば中身だけでもといってもそんなに可愛い女じゃない。


だったら





私は気高く潔く


























最期に散れたら良い。
















「本当に…侑士に似合う可愛い子が現れたら、私は潔く引くよ。」

瞳を閉じて、闇を誘う。
心を落ち着かせる。
動揺を隠す様に。



「引けるのか?」

「引くよ。格好良く、ね。」

「それじゃあ、その時は俺様が直々に慰めてやる(ニヤリ)」

「不吉な予言しないでよ。」

呆れてしたっまてけれど、笑うことが出来た。
良かったと思う。
今日、ここに跡部が居て良かった。



























クスクス笑う私を跡部は目を細めて見る。
優しい笑みがそこにはある。




その瞳に宿るのは、少しばかりの同情。


。」

「うん?」

「安心しろ。俺がお前を慰める事はたぶんねぇ。」


私の笑いが止まって表情も消えた。なんだって?


「なん…。」

































聞こうと尋ねた口は強制的に閉じらされる事になる。
ドアを開く大きな音と共に。


私と跡部の瞳がその人物へと移る。















侑士ではない。


侑士はそんなに慌てたりしない。
むしろ、慌てた侑士なんて今までで一度も見た事がない。
いつも冷静で落ちついていて。
15歳とは思えないほど心は穏やかだ。







目の前の人物は私と同じ制服を来た女子学生。
息は荒く、肩までかかるストレートの髪は今はぼさぼさだ。





目に付いたのは




































銀色に光る、刃。































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痛い。痛いよう。
甘いのが書くのがつらくなり始めました…。
頑張ります。
甘いの自分も書きたいです。もうちょっとぴちぴちしたいです(なんだそれ)
だけど書くと身体が拒否反応を起こします。ええ、はい。
砂吐きそうになっちゃうんです…。

next

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