気高い心は忘れずに
どんなに傷ついても罵られても
私の心は揺らがない
例え呆れられても飽きられても
決して揺るがずに散れたら良い
― 浮気と見ぬ振りの代償は ―
その女子学生を見て、跡部も私もそろって溜息を付いた。
その態度が更にその子の怒りをわきだたせる。
「何よっ!何かおかしい?」
別に。ただ呆れてるだけ。
だって、まさか、あの馬鹿男の為に刃物まで持ち出す子がいるなんて、ね。
「忠告しとくけど、止めといた方がいい。あんな男の為に人生棒に振ることないよ。」
「随分冷静じゃねーか。」
どっかりとイスに腰掛けて、まるで立つ気全く無しを意志表現して跡部は言った。
なんなんだよ。乙女のピンチに腰を浮かそうって考えもないわけ?怒。
「助ける気は?」
「ねぇ(即答)」
「またかよ。」
「お前の問題だろ。てめーでなんとかしろ。」
「さいってー。地獄に堕ちろ。何時か刺されんぞ。」
「さっきも聞いたぜその台詞。」
ククッと喉を跡部は鳴らす。
その間無視されつづけた女子生徒は、爆発した。
「なんなのよっ!!さっきから!!!恐くないの!!!???」
「なんで?」
「なんでって・・・。」
気高く、潔く。
散れた、ら。
「ソレ持ってる貴女の方がびびってるじゃない。」
「なっ・・・なんですってぇ!!??これ本物よ!?分かってるの!!??」
「そんなん見て分かるよ。」
侑士、貴方は涙を流さなくとも花びらは拾ってくれる?
少しは私を思い出してくれる?
あの冷たい銀色を身体に受けとめて私が冷たくなったら
涙の一粒でも流して くれる?
「もう一度言うよ。それを渡して。」
「何がっ・・・分かるって言うのよ。」
「私にも何も分からないよ。」
「忍足君は、私のものになるのよ!私が幸せにしてあげるんだからっっ!!」
自己中な女。
可哀想な人。
この子はきっと、一生侑士を理解出来ない。
「・・・・・・・・あんたさえっ・・・いなければ!!!」
あんたさえ?
私はあなたの中で侑士のなんなの?
「第一夫人とでも言いたいの?」
思わず笑えた。
「変わらないよ、あなたと何も。」
言って、切なくなる事分かってる。
きっと私は今情けなく笑ってることだろう。
その子は私を見据えると、刃を下に下ろした。
戦意を喪失した彼女を見て跡部の方に肩越しに振り向く。
「っとに、冷たい男ね。」
「はっ、俺様がどうして侑士の恋沙汰に巻きこまれなきゃならねーんだよ。」
「一応乙女の危機だったんですけど。」
「どこが乙女だ、あーん?」
「(怒)」
そこで、跡部の嘲笑がフ・・・と消えた。
瞳が私の肩の向こうを凝視するものだから、思わず緊張が走って私は振り向く。
嫌な予感がする。
「・・・・・・・・それじゃぁ、忍足君の一番近くにいる女を消せば良い。」
ゾク。
背筋に走る緊張に私は一歩下がる。
荒い息。尋常じゃない濁った瞳。
ヤバイ。一瞬で事態をさとした。
「死んじゃってよ!!!!」
唖然として、動けない私の手首を無言で跡部が掴んだ。
そのまま、ぐいと力を入れられ引き寄せられる。
ひらりと風のない教室で私のスカートがなびいた。
鼓動が早鐘を打つ。
耳に、鼓膜に、どくどくした血流の音が響く。
引っ張られた強い力に従って私は跡部の後ろに後退した。
下を向いたので髪が顔にかかってうざかったけど、すぐに顔を上げる。
幾筋もの髪の毛が私の肌をなぞりくすぐる。そのまま重力に従い肩へと収まる。
自分の息が荒いのが分かる。
ガツンッ!!
鈍い音。
私が見たのは跡部の背中。
何よ、ちゃんとピンチには助けてくれるんじゃない。
「・・・・・ちっ・・・女が刃物を振り回すんじゃねーよ。」
流石に男と女。
力が圧倒的に違くて、跡部はあっさりと彼女の両手首を掴んだ。
「・・・っっつ・・・。」
歯軋りをして天下の跡部を睨みつけるのだから相当イカレテルみたい。
細やかに震える腕。
それは恐怖かそれとも抵抗か。
後者なら諦めたわけじゃない。まだ油断は出来ない。
「どうして邪魔するのよ!!あなたには関係ないでしょ!!!」
「確かにが刺されようが殺されようが関係ねー。」
「オイ。」
「それでも、一応こいつになんかあると氷帝の「天才」の戦力が落ちるんでな。」
私はまた言葉を失ってしまった。
なんで。どうして。
「跡部・・・。」
相当不安げな声を出してたんだろう。
跡部は振り向く。
相変わらずの綺麗な瞳。
「だから言ったろ?あいつはグルメだって。」
「・・・・・・・・・・そういう、意味。」
「そうだ。やっと分かったか?」
「・・・・・・・・・・・また私を無視して随分余裕ね?」
はっとした。
そうだ、酔いしれてる場合じゃない。
「女を甘く見ないでよ!!」
「ッ痛!!」
彼女は最後の力とでも言うように跡部の腹に蹴りをくらわした。
クの字の形に跡部の身体が折れる。
隙。
それを見逃さない。
相当切れてる彼女には声なんて届かなくて、刃は一気に下へと下ろされた。
止めてよ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・ったァ・・・。」
大きく鈍い音が教室に響いたかと思うと静かになった。
かたかたと刃を持つ手は震える。
銀色の綺麗な色は今や血の色に染まる。
真っ赤な曼殊釈迦が咲く。
ひらひらひら
最期に 気高く
散れたら良いのに。
「・・・。」
彼女の大きな瞳は見開かれて。
跡部の声はどこか心配げで。
私の右手の平は真っ赤だった。
刃は貫通し、信じられない血の量。
そりゃそうだ。貫通してるんだから。
痛みは殴られた時と比べられない。
脳髄に響き渡るような痺れと痛み。
血がどんどん抜き取られてゆく恐怖。
それでも
私は口を開かなきゃならなかった。
思いきり左手でその子の頬を叩いた。
「馬鹿じゃないの!?どうして跡部を狙ったりするのよ!!!」
私の言った事に、跡部も彼女唖然としていた。
それでも私の「声」は続く。
「侑士を好きなら分かるでしょ!?跡部はテニス部の要なのよ!手なんてっっ・・・!!最低だよ!!!」
こんな大声で怒りを撒き散らしたのは何年ぶりか。
分からないけど、凄く憤り感じた。
大きな瞳が涙で溢れて、小さな身体は震える。
私は息を吐いた。
「・・・・・・行きなよ。」
「・・え・・・・・?」
「さっさと消えろっていってんの。」
見据えた私の瞳にびくりと身体をこわばらして、凶器もろとも持ち去った。
「オイ、逃がしていいのかよ。」
「良いの。放っておいて。」
ぱたぱたと足音が遠くになるのを耳で受け取って私は安堵する。
「お前も随分甘いな。」
「そうかな。」
そこまで言って、世界が歪んだ。
ゆらりと空間が歪んで躯が崩れる。
その身体を跡部が受けた。
「ちっ!」
小さく舌打ちすると跡部は私の身体を軽々抱き上げ荒っぽくドアを蹴り飛ばした。
・・・・・・・・・・乱暴だなァ。
「跡・・・部・・・下ろして。歩けるから。」
「どこまで馬鹿だお前は。歩いたら速攻血が流れてジ・エンドだぞ?」
「・・・・・でも、制服が・・・。」
「んなこと気にしてる場合あったら腕を心臓より高くあげやがれ!!!!」
強くて厳しい言葉に思わず身体が硬直して私は手を上げた。
従うしかないと諦める。
細いのに、やっぱり男の子だ。
私は軽いほうじゃないのに簡単に抱きかかえられるなんて。
白い床にぽつぽつと赤い道しるべが落ちる。
どこぞの話のおかしの家に行って食べられそうになった馬鹿兄妹の話によく似てる。
誰の道しるべ?
折角右手に巻いた包帯は今や真っ赤に染まって。
巻いた意味などもはやない。
私はそんな私の可哀想な右手を見ながら思った。
この道しるべを
血の後を辿って
あの人が来れば良い。
「・・・・・・跡部、血が足りない。」
「吸血鬼の気持ちがわかって良かったな。」
かすれる視界に白い跡部の首筋が目に入った。
「綺麗な首。」
「ヤメロ。」
あっさり言わなくても良いじゃん。冗談よ(ちょっと本気だった)
「ねェ?」
「しゃべるな。」
「眠い。」
「悪かった。存分にしゃべろ。」
「(どっちだよ)・・・・・・さっき、言ってた・・・・・・・・・眠い。」
「寝るな。お前は遭難者か。」
「かも。凄い眠い。」
「寝たら質問に答えてやらねーぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さっき、言ってたよね?俺は慰める必要なんてない、って。」
「・・・・・・ああ。」
「その後を・・・聞かせてよ。なんで?」
薄茶の瞳が私を見た。
整った綺麗な顔。
「・・・・・・・・・・安心しろ。お前が思ってる以上に、侑士はお前の事を想ってる。」
「それ、ホント?」
「嘘じゃねーよ。」
「・・・・・そ・・・・。」
嗚呼、馬鹿だなァ。
どうして諦めてしまったんだろ。
私のやって来た事は
信じているとみせかけてその正反対。
むしろ見捨てていたとういう事に
いま、きがついた。
きっと もう お そ い だろうけ ど。
+++++++
「どうやったらこうなるんだ?」
「ミステリーですね。」
「・・・・・・。」
私の真っ赤な手の平を見て、保健医の美人な先生はそう言った。
「これは私の手には負えない。病院行ってこい。」
「はい。」
「ついでに輸血も。」
「はーい。」
「・・・。」
「はい?」
「痛くないのか?」
「痛いですよ。結構倒れそうです。」
真顔で答えた私に先生に呆れ顔で溜息を付くと立ちあがって電話をかけた。
跡部はなにを血迷ってるのかのん気にメールをしてる。
「また女?」
「だったらなんだ。ここまで運んできてやった事を光栄に思えよ。」
「・・・・・・・・・・・すみませんねぇ。折角のお楽しみを邪魔して。」
「全くだ(あっさり)」
「・・・・・・・・・・・(っとに、いちいち癇に障るなァ)」
携帯のメールが終わったのか、跡部は手を止めて私の方を見遣る。
その行動が一応気遣ったものだと私は気付く。
「平気だよ。それよりごめんね?制服・・・。」
「気にすんな。変わりはある。」
「へー、流石ぼっちゃま。」
「お前のほうが大変だろ。」
「しばらくジャージね。」
「女の欠片もねぇ。」
「じゃあどうしろって言うのよ。」
「半分は侑士のせいだ。あいつに買わせろ。」
「・・・・・・・・・・半分?9割の間違いじゃない?」
「お前も容赦ないな。」
「はい、お楽しみの所悪いけどそこまでだ。、今電話しといたから病院に行け。」
「はーい。」
「それと鞄を・・・跡部、お前持ってきてくれるか?」
「それならもう頼みました。」
「なーんだ。やっぱり樺地来てんじゃん。」
「ばーか、ちげぇよ。」
「・・・え・・・・・?」
いつもと変わらない跡部の表情が何を語っているのか分からなくて、私は聞き返そうとした。
だけど
声は、かき消される。
保健室のドアを開ける音と共に。
――――――――――――
二話も続いてる侑士ドリだというのに侑士本人が出てこないってどーよ。
ていうか跡部でばりすぎだし。
でも大丈夫。こっから出てくるから。
侑士が跡部にかき消されちゃうわっっ!!
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